GENERAL GUIDE 12
非上場株式の売買価格を決める前に必要な資料
株価算定書だけでは足りない
非上場株式の売買価格を検討するとき、株価算定書を作成すれば準備が終わるわけではありません。
株価算定書から分かるのは、一定の資料と前提条件に基づいて計算された価額です。しかし、実際の売買では、その価額どおりに取引するとは限りません。
誰が誰に売るのか、何のための取引か、何株を取得するのか、取引後に支配関係がどう変わるのかによって、検討すべき株価や税金が変わるためです。
税務調査や株主間の紛争が生じてから、当時の事情を再現することは簡単ではありません。
計算に使用した資料だけでなく、最終的な売買価格を決めた経緯まで、取引時点で記録しておく必要があります。
残すべきものは「計算根拠」と「取引根拠」
非上場株式の売買について保存すべき資料は、大きく二つに分けられます。
一つは、株価を計算するための資料です。決算書、申告書、株主名簿、事業計画、株価算定書などが該当します。
もう一つは、その株価を今回の売買に使用した理由を説明する資料です。取引目的、当事者の関係、過去価格との比較、価格交渉、取締役会や株主総会の議事録などが該当します。
計算が正しくても、その価額を今回の取引価格として採用した理由を説明できなければ、価格決定の記録としては十分ではありません。
反対に、当事者が価格に合意していても、税務上の時価との違いを検討していなければ、後から贈与税、所得税または法人税が問題になる可能性があります。
まず、誰が何の目的で取引するのかを整理する
株価計算を始める前に、取引の前提を一枚の資料にまとめます。
少なくとも、次の事項を整理します。
- 売主と買主は個人か法人か
- 両者に親族、役員または資本関係があるか
- 何の目的で株式を移転するのか
- 何株を、いくらで売買する予定か
- 取引前後の持株割合と議決権割合
- 取引によって会社の支配関係が変わるか
- 会社による自己株式取得か、株主間の売買か
確認には、株主名簿、登記事項証明書、定款、役員名簿、資本関係図などを使用します。
株主名簿は、取引時点に近いものを確認します。名義上の株主と実際の所有者が異なる可能性がある場合は、過去の取得経緯や代金負担者も確認する必要があります。
本人の持株割合が低くても、親族などを含む株主グループで見れば支配株主側に属していることがあります。「少数株主だから配当還元価額」と単純に決めることはできません。
取引前後の持株割合を比較する
同じ株式でも、誰が取得するかによって経済的な意味が変わることがあります。
たとえば、後継者が他の株主から株式を取得し、議決権の過半数を確保する場合、その株式は経営支配に影響します。
会社が自己株式として取得する場合には、取得対象となった株式の議決権がなくなるため、残った株主の議決権割合が相対的に上昇します。
そこで、取引前後について次の事項を比較します。
- 各株主の保有株式数
- 各株主の議決権割合
- 親族等を含む株主グループの割合
- 過半数や特別決議に関係する基準への影響
- 自己株式取得後の残存株主の割合
- 役員や後継者による経営支配への影響
単に「100株を売買した」と記録するのではなく、その100株によって何が変わるのかを残すことが重要です。
会社の財務内容を確認する
株価算定の基礎となるのは、会社の財務資料です。
通常は、次の資料を確認します。
- 直近3期程度の決算書
- 法人税申告書
- 勘定科目内訳明細書
- 直近の試算表
- 固定資産台帳
- 借入金の明細
- 配当実績
- 発行済株式数が分かる資料
決算日から取引日までに大きな変化がある場合は、直近の決算書だけでは足りません。
会社の状況に応じて、不動産や有価証券の時価資料、含み損益、保証債務、訴訟、役員退職金、簿外債務なども確認します。
会社に多額の現預金や投資有価証券がある場合、それらを事業に必要な資産として扱うのか、非事業用資産として株式価値へ加算するのかによっても、算定結果が変わる可能性があります。
税務評価は適用判定の資料も残す
財産評価基本通達などに基づいて税務評価額を計算した場合は、評価明細書だけでなく、評価方式を選択した過程も残します。
- 取引相場のない株式の評価明細書
- 会社規模の判定資料
- 類似業種比準価額の計算資料
- 純資産価額の計算資料
- 配当還元方式の適用判定資料
- 株主グループと議決権割合の判定資料
- 土地や有価証券などの時価資料
- 評価時点と使用した決算期が分かる資料
特に配当還元方式については、「少数株主だから」という説明だけでは十分ではありません。
本人と同族関係者の議決権割合、所属する株主グループ、役員関係などを確認し、なぜその評価方式を使用したのかを記録します。
DCF等は計算の前提を保存する
DCF法などによって経済的な株式価値を算定した場合は、最終的な金額だけでなく、計算の前提となった資料を保存します。
- 事業計画
- 売上高や利益率の予測根拠
- 設備投資計画
- 運転資本の計算資料
- 割引率の計算資料
- 継続価値の計算資料
- 非事業用資産と有利子負債の明細
- 感応度分析
- 採用しなかった評価方法とその理由
事業計画が過去の実績や現在の受注状況と大きく異なる場合は、その理由も説明できるようにします。
また、税務評価額とDCF等による価額に大きな差がある場合は、単純に高い方または低い方を選ぶのではなく、それぞれの目的と前提の違いを整理します。
過去価格は今回の価格を自動的に決めない
同じ会社の株式について過去の売買実績がある場合、その価格は重要な比較資料になります。
過去の株式譲渡契約書、自己株式取得の記録、株価算定書、議事録、支払記録、当時の決算書などを確認します。
ただし、過去に1株2,000円で売買したからといって、今回も2,000円が適正とは限りません。
次の事情が変わっていないかを比較します。
- 取引時点
- 会社の利益、純資産、配当
- 不動産や有価証券などの保有状況
- 売主と買主
- 取引の目的
- 取得する株式数
- 取引後の支配関係
- 過去価格を決めた方法
過去価格と今回の価格が異なる場合は、何が変わったために価格差が生じたのかを記録します。
算定額から合意価格に至る交渉を記録する
非上場株式の売買価格は、評価額だけで自動的に決まるものではありません。
売主の換金希望、買主の資金負担、分割払い、譲渡制限、他の買い手の有無などが交渉価格に影響することがあります。
そのため、次の資料を残します。
- 当初の提示価格
- 相手方の回答と対案
- 価格を変更した経緯
- 電子メールや書面による交渉記録
- 面談日時、出席者、協議内容
- 他の買い手からの提示価格
- 支払時期や分割払いなどの条件
- 最終価格を合意した理由
口頭で交渉した場合も、協議内容を後から記録にします。
特に、株価算定結果と実際の売買価格が異なる場合は、その差がどのように生じたのかを説明できる資料が重要です。
契約・決議・支払い・株主名簿を一致させる
価格を決定した後は、必要な会社法上の手続と取引の実行を記録します。
非上場株式には譲渡制限が付いていることが多いため、定款を確認し、必要な譲渡承認を受けます。
会社が自己株式を取得する場合には、必要な機関決定や分配可能額も確認します。
- 株式譲渡承認請求書
- 取締役会・株主総会の議事録
- 株式譲渡契約書
- 自己株式取得に関する契約書
- 分配可能額の計算資料
- 代金の振込記録
- 書換え後の株主名簿
重要なのは、書類がそれぞれ存在することだけではありません。
契約書に記載された当事者、株式数、価格、支払日と、議事録、振込記録、株主名簿の内容が一致していることを確認します。
売買前から実行後までの資料チェックリスト
※スマートフォンでは、表を横にスクロールしてご覧いただけます。
| 段階 | 主な確認・保存資料 |
|---|---|
| 取引の前提整理 | 株主名簿、定款、登記事項証明書、役員名簿、親族・資本関係図、取引前後の持株割合 |
| 株価と価格の決定 | 決算書、申告書、試算表、税務評価資料、DCF等の算定資料、過去取引、提示・交渉記録 |
| 手続と取引の実行 | 譲渡承認資料、議事録、契約書、分配可能額の資料、支払記録、書換え後の株主名簿 |
すべての取引で同じ資料が必要になるわけではありません。
当事者、取引目的、会社の財務内容、採用する評価方法、取引後の支配関係に応じて、必要な資料を追加します。
まとめ
非上場株式の売買価格を決めるときは、株価算定書だけでは足りません。
売主・買主の関係、取引目的、取引前後の持株割合、会社の財務内容、税務評価と経済的価値、過去価格、交渉条件を確認する必要があります。
さらに、算定された価額から最終的な合意価格に至った判断過程を記録し、契約書、議事録、支払記録、株主名簿の内容を一致させます。
後から説明できるように残すべきものは、株価の「計算根拠」と、その金額で取引した「取引根拠」の両方です。
当事務所では、非上場株式の株価算定だけでなく、当事者関係と課税関係の整理、複数の評価額の比較、価格決定資料の作成、取引後に保存すべき資料の確認まで一体として対応しています。