GENERAL GUIDE 22
役員・従業員が出資する会社へ1株75円で売却――売主の所得税では2,505円とされた理由
非上場株式を役員や従業員が出資する会社へ移すとき、買い手が取得する株式を配当還元方式で評価できれば、その価格で売主の所得税も計算できるのでしょうか。
東京高裁が2021年5月20日に判断した事件では、会社の創業者である個人が、その会社の株式を役員・従業員らの出資する別法人へ1株75円で売却しました。高裁は、買い手の側から見れば、その価格での取引は不合理とはいえないと述べています。それでも、売主の所得税上の譲渡時価は1株2,505円と判断しました。
この事件で問われたのは、実際の売買価格75円を、売主の譲渡所得に係る所得税を計算する際の株式価額としても使えるか、という点です。
誰が、誰に、いくらで売ったのか
売主は、非上場会社Aの創業者で、長年代表取締役を務めていた個人です。買主は、Aの役員や従業員が株主になっている別の法人Bでした。従業員個人が直接株式を買った事件ではありません。
2007年8月、売主はA株式72万5,000株をBへ譲渡しました。売買価格は配当還元方式による1株75円、代金の合計は5,437万5,000円です。売主の死亡後、相続人らは、この代金額を譲渡所得の収入金額として、売主の2007年分の所得税を申告しました。
ところが、税務署は75円を売主の所得税上の時価とは認めませんでした。当初は類似業種比準方式による1株2,990円としましたが、その後、類似業種の選定を改め、1株2,505円に修正しています。以下で扱うのは、この修正後の価格についての高裁の判断です。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールしてご覧いただけます。
| 価格の種類 | 1株当たり | 本件での意味 |
|---|---|---|
| 実際の売買価格 | 75円 | Bが売主に支払った価格 |
| 売主側が訴訟で提出した評価書の結論 | 668円 | 複数の評価方法に加え、売主側と買主側の評価額を組み合わせた評価額 |
| 高裁が認めた売主の所得税上の譲渡時価 | 2,505円 | 類似業種比準方式による評価額 |
2,505円で売買したわけではありません。 実際に受け取った代金は1株75円です。争われたのは、売主の所得税を計算するとき、株式をいくらと評価するかでした。
75円は、どのように決まったのか
高裁の認定によると、売主は配当還元方式を使って1株75円という価格を事前に決め、Bに購入を要請しました。Bの購入資金は、売主が代表を務める会社からの貸付けで賄われています。
高裁は、売主とBがAの財務資料などに基づいて株式の価値を検討したり、対等な立場で具体的に価格交渉をしたりした事情は見受けられないとしました。売主には、自身の相続税対策という目的もあったと認定しています。
つまり75円は、計算の根拠がない金額ではありません。しかし、配当還元方式で計算したことだけで、売主の所得税上の時価になるとは判断されませんでした。
買い手にとっては、75円でも不合理ではなかった
Bが取得したA株式の議決権割合は7.88%でした。高裁は、Bの側から見れば、配当還元方式で算定した75円を対価とする取引は不合理とはいえないと述べています。Bには、取得した株式を保有し、その利益を株主である役員や従業員に還元する活動実態も認められました。
ここで「では、税務上も75円でよいのでは」と思うかもしれません。しかし高裁は、買い手から見た取引の合理性と、売主の所得税を計算するための株式価額を分けて検討しました。
なお、高裁の「Bの側から見れば不合理ではない」という記述だけで、Bの法人税上の評価額や課税額を75円と決めることはできません。
売主は、配当だけを期待する株主だったのか
売主本人は譲渡直前にAの議決権を15.88%、一族を合わせると22.79%保有していました。また、創業者・代表取締役としてAの経営に強い影響力を持っていました。
高裁は、売主の譲渡直前の議決権割合を基に、配当還元方式を適用する株式に当たるかどうかを判断しました。売主個人の割合は15.88%、一族を合わせると22.79%です。高裁は、本件株式は配当還元方式の対象には該当せず、類似業種比準方式による1株2,505円で評価すべきだと判断しました。
Bが取得した割合は7.88%です。一方、売主は譲渡前に本人だけで15.88%を保有し、経営にも影響力を持っていました。同じ株式の売買でも、買い手の事情を説明しただけでは、売主が手放す株式の所得税上の価額を説明しきれなかったことが、この判決の核心です。
過去にも75円で売買されていたのでは?
売主側は、Aの従業員と持株会との間で、以前にも1株75円による株式売買が2件あったと主張しました。高裁も、その売買が実際にあったことは認めています。
しかし、2件の取引は今回の譲渡より約3年前で、高裁は「最近」の売買には当たらないとしました。また、従業員と持株会との売買であり、今回の売主の立場とも異なります。高裁は、過去の2件で株式を売った従業員らと、今回の売主である代表取締役とでは、持株割合を含む立場が異なると判断しました。そのため、過去の75円という売買額を、今回の売主が保有する株式の時価としては採用しませんでした。
過去に同じ会社の株式が同じ価格で取引されていても、いつ、誰が、どのような立場で売ったのかまで確認する必要があることを、この判断は示しています。
DCFを使った評価書はどう扱われたか
売主側は訴訟で、株式の価額を1株668円とする評価書も提出しました。評価書には、DCF法による3,841円、純資産法による3,716円、配当還元法による82円などが登場します。
評価書は、これらを組み合わせて売主側の評価額を1,255円、買主側の評価額を82円とし、それらを1対1で加重平均して、最終的に668円としました。したがって、DCFの3,841円が評価書の結論ではありません。また、この評価書を基に実際の売買価格75円を決めたという事件でもありません。
高裁は、創業者・代表取締役だった売主の評価で配当還元法に68.25%の比重を置いたことや、買主側の評価額を半分考慮したことについて、十分な説明がないとしました。そして、評価書の結論が668円であることによっても、所得税上採用した2,505円の判断は覆らないとしました。
高裁は、売主の税金をどう判断したか
高裁が認めた売主側の株式価額は、1株2,505円です。72万5,000株では18億1,612万5,000円になります。
実際の売買価格75円は、この価額の2分の1に満たないため、高裁は所得税法59条1項2号の低額譲渡に当たると判断しました。そして、売主が譲渡時価に相当する金額で譲渡したものとして扱う更正処分等を適法としました。
これは、売主が18億円余りの売買代金を受け取ったという意味ではありません。受け取った代金は、あくまで5,437万5,000円です。
この判決から、何を確認すべきか
この事件では、買い手にとって1株75円での取得が不合理とはいえない一方で、売主の所得税上の譲渡時価は1株2,505円と判断されました。配当還元価額で実際に売買したことや、過去に同額の売買があったことだけでは、売主の課税上の時価を75円とする根拠にはならなかったのです。
役員・従業員側へ株式を移す際には、この判決の事実に照らし、少なくとも次の点を区別して検討する必要があります。
- 実際の買い手は従業員個人か、持株会か、別法人か。
- 検討するのは売主の所得税か、買主側の課税か。
- 売主は譲渡直前にどれほど株式を持ち、経営にどのような影響力を持っていたか。
- 売買価格は誰が決め、財務情報の検討や価格交渉を経たか。
- 参考にする過去の売買は、時期、売主の立場、株式の条件が今回と近いか。
これは本判決から導く検討事項です。従業員個人への直接売却も必ず1株2,505円で評価されるという結論ではありません。また、買い手Bの法人税について、高裁が75円または2,505円で課税すべきと決めた記事でもありません。
参考資料
この事件では、2020年3月24日の最高裁判決によって従前の高裁判決が破棄・差し戻され、その後、上記の東京高裁判決が出ています。この手続経過は、上記の高裁判決資料に記載されています。
本件は、最高裁判所第二小法廷2022年2月18日決定により、上告審として受理されず、確定しています。最高裁が差戻し後の高裁判決の税務上の争点について新たな実体判断を示したものではありません。
税務評価額は計算できた。しかし、その価格で売買してよいか分からない。
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