ケース一覧 / 事例解説

CASE 11

過去と同じ価格で買い取ってよい?
5年間で純資産が増えたケース

「5年前にも同じ会社の株式を買い取っているので、今回も同じ1株1,200円でよいでしょうか」

このような相談を受けることがあります。しかし、過去の取引価格は重要な比較資料であっても、現在の価格をそのまま決めるものではありません。

今回は、5年間で利益の蓄積と保有資産の値上がりが進み、過去価格と現在価値に大きな差が生じた架空のケースを紹介します。

過去価格を使う前に、「前回から何が変わったか」を数字と資料で確認することが重要です。

相談内容―5年前と同じ1株1,200円で買い取りたい

非上場会社X社では、代表取締役である甲氏が、退任を予定している少数株主A氏から株式を買い取ることになりました。

5年前には、別の少数株主B氏から同じ種類の株式を1株1,200円で買い取った実績があります。そこで甲氏は、今回も1,200円を基準にしたいと考えていました。

  • 売主:少数株主A氏
  • 買主:代表取締役兼主要株主の甲氏
  • 過去の買取価格:1株1,200円
  • 今回の目的:退任株主の持株整理

なお、本記事の会社、人物、金額、持株関係その他の条件は、すべて説明用に設定した架空のものです。

まず、5年前と現在の財務内容を並べた

確認の出発点は、過去価格の妥当性を論じることではなく、5年前と現在の会社の状態を比較することでした。

X社はこの5年間、毎期利益を計上し、配当を抑えて内部留保を積み上げていました。借入金は減少し、現預金も増加しています。

さらに、長年保有する土地には含み益が生じていました。帳簿上の純資産だけでなく、資産の現在価値を反映すると、株式価値は5年前より明らかに上昇していました。

同じ会社、同じ種類の株式でも、利益、純資産、借入金、保有資産の状況が変われば、過去価格を現在に当てはめることはできません。

過去の1,200円がどう決まったかも確認した

次に、5年前の契約書、議事録、株価資料、当時の決算書を確認しました。

すると、1,200円は税務評価や第三者評価をもとに十分な検討を経て決まった金額ではなく、B氏の早期換金希望と甲氏の資金負担を踏まえた当事者間の合意価格でした。

過去に実際の売買があった事実は重要です。ただし、その価格が当時の客観的な株式価値を示していたのか、個別事情を反映した交渉価格だったのかで、現在の比較資料としての重みは変わります。

今回の当事者と取得後の支配関係を整理した

今回の買主は会社ではなく、代表取締役兼主要株主の甲氏です。取得後は、甲氏とその親族を合わせた議決権割合が3分の2を超える見込みでした。

そのため、「少数株主からの買取りだから少額でよい」とは整理せず、売主と買主の関係、株主グループ、取得後の議決権割合まで含めて検討しました。

過去取引の売主B氏と今回の売主A氏では、退任時期や換金の必要性も異なります。取引目的が似ていても、当事者と条件が同じとは限りません。

三つの数字を比較して交渉範囲を決めた

※スマートフォンでは、表を横にスクロールしてご覧いただけます。

比較した価格1株当たり位置づけ
5年前の買取価格1,200円実際の取引実績。ただし当時の個別事情を含む
現在の税務評価額2,100円株主関係と評価時点を前提に算定した税務上の参考値
現在の経済的価値2,800円保有資産と収益力を踏まえた参考値

過去価格だけを採用せず、現在の財務内容、資産価値、当事者関係を踏まえ、2,400円から2,800円を交渉の範囲としました。

評価方法の詳細は一般解説記事で扱い、このケースでは、複数の数字を同じ目的の金額として混同せず、それぞれの前提を確認したことがポイントです。

最終的に1株2,600円で合意した

A氏は早期の一括払いを希望し、甲氏には取得資金の上限がありました。双方の事情を踏まえて協議した結果、最終的な売買価格は1株2,600円となりました。

この金額は、税務評価額をそのまま採用したものでも、経済的価値の算定額をそのまま採用したものでもありません。過去価格との差、現在の会社価値、支払条件を比較したうえで合意した価格です。

重要なのは、2,600円という結論だけではなく、なぜ1,200円を使わず、なぜ2,100円や2,800円とも異なる金額にしたのかを説明できることです。

価格決定の記録として残したもの

  • 5年前と現在の決算書・申告書の比較
  • 土地などの時価資料と含み益の整理
  • 5年前の契約書、議事録、支払記録
  • 取引前後の株主構成と議決権割合
  • 現在の税務評価額と経済的価値の算定資料
  • 提示価格、交渉経緯、最終合意理由
  • 今回の契約書、承認議事録、振込記録、更新後の株主名簿

過去価格と異なる金額を採用した理由を一枚の価格決定メモにまとめ、各資料と結び付けて保存しました。

このケースから分かること

過去の買取価格は、現在価格を検討するうえで無視できない資料です。しかし、同じ価格を繰り返せるとは限りません。

取引時点、会社の利益と純資産、保有資産、売主と買主、取引目的、持株関係、過去価格の決定過程を比較する必要があります。

過去価格を「答え」にするのではなく、現在との違いを説明するための比較資料として使うことが大切です。

当事務所では、過去の株式売買の確認、現在の株価算定、複数の評価額の比較、交渉価格の整理、価格決定資料の作成まで一体として対応しています。

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