CASE 10
赤字会社の株式を1円で譲渡してもよい?
赤字と株価は同じではありません
「会社が赤字なので、株式も1円でよいのではないか」という相談があります。
しかし、損益計算書の赤字は一定期間の業績を示すものであり、株式価値が1円またはゼロであることを意味しません。
今回は、赤字が続く会社の株式を関係者へ1円で譲渡しようとしていた架空のケースをもとに、確認すべき点を整理します。
1円譲渡を検討する前に、実態純資産、保有資産の含み損益、将来収益、債務、売主と買主の関係を確認する必要があります。
相談内容―赤字が続くA社の株式を1円で譲りたい
A社は直近数期にわたり赤字でした。創業者は事業から退き、後継者へ全株式を1円で譲渡したいと考えていました。
理由は、「赤字会社なので価値はない」「買主が会社を引き継ぐ負担も大きい」というものでした。
ところが、決算書を確認すると、会社には現預金や事業用不動産が残り、借入金を差し引いても帳簿上の純資産はプラスでした。今期の赤字だけを見て、株式価値を1円と判断できる状態ではありませんでした。
なお、本記事の会社、人物、金額、持株関係その他の条件は、すべて説明用に設定した架空のものです。
赤字でも株式価値が1円とは限らない
赤字は、一定期間の収益と費用の差額です。一方、株式価値を考えるときは、会社が現在保有する資産と負債、将来生み出す収益なども確認します。
過去に利益を蓄積していれば、赤字になった年度でも純資産が残っていることがあります。多額の現預金、有価証券、含み益のある土地などを保有していれば、帳簿上の利益がマイナスでも株式に価値が残る可能性があります。
したがって、「赤字だから1円」という説明だけでは、譲渡価格の根拠として十分ではありません。
まず貸借対照表を時価に引き直す
最初に確認するのは、決算書上の純資産です。ただし、帳簿価額をそのまま使うのではなく、主要な資産と負債を実態に合わせて見直します。
- 土地、建物、有価証券などに含み益または含み損がないか
- 回収が難しい売掛金や貸付金が残っていないか
- 陳腐化した在庫や使用していない設備がないか
- 退職給付、未払残業、保証債務など未計上の負担がないか
- 役員借入金など株主との債権債務をどう処理するか
帳簿上は債務超過でも、土地の含み益を反映すると実態純資産がプラスになることがあります。反対に、帳簿上は純資産がプラスでも、回収不能債権や未計上債務を反映すると価値が大きく下がる場合があります。
含み損益だけでなく将来収益も確認する
会社が事業を継続するのであれば、現在の純資産だけでなく、将来の収益力も無視できません。
一時的な設備投資、役員退職金、災害、主要取引先の喪失などにより赤字になっていても、翌期以降に利益が回復する見込みがあるかもしれません。反対に、売上減少が続き、事業モデル自体が成り立たなくなっている場合は、将来収益を高く評価しにくくなります。
赤字の原因が一時的か構造的か、事業計画に合理性があるかを確認し、必要に応じてDCF等による経済価値も検討します。
休眠会社や清算予定会社では見方が変わる
事業をほとんど行っていない休眠会社や、近く清算する予定の会社では、将来収益よりも、資産を換金し負債と清算費用を支払った後に何が残るかが重要になります。
解約違約金、原状回復費用、従業員の退職費用、税金、専門家報酬など、事業を終了するための費用も考慮します。
これらを差し引いた結果、株主に残る価値がほとんどないのであれば、1円に近い価格を説明しやすくなります。ただし、それも「赤字だから」ではなく、資産・負債と清算費用を具体的に確認した結果です。
買主が引き受ける負担は株価と分けて整理する
後継者が借入金の個人保証、追加出資、運転資金の負担、経営責任などを引き受けることがあります。
これらは価格交渉で考慮される事情ですが、会社に残る資産価値が当然に消えるわけではありません。
株式代金、役員借入金の返済・承継、保証の引継ぎ、追加資金の投入などを分け、買主が負担する総額を確認します。複数の負担を混ぜて「株式は1円」と結論づけると、価格の説明が不明確になります。
1円譲渡の税金は売主と買主の関係で変わる
株式の税務上の時価が1円を上回る場合、差額について売主または買主に課税が生じる可能性があります。
- 個人から個人への低額譲渡では、買主側の贈与税
- 個人から法人への低額譲渡では、売主側のみなし譲渡と法人側の受贈益
- 法人から個人への低額譲渡では、法人側の課税に加え、買主側の給与所得・配当所得等
- 法人から法人への低額譲渡では、寄附金・受贈益等
詳しい整理は「非上場株式は誰が誰に売るかで税金が変わる―個人・法人4つの組合せを整理」で解説しています。
1円という価格を説明しやすい事実・説明しにくい事実
※スマートフォンでは、表を横にスクロールしてご覧いただけます。
| 1円を説明しやすい事実 | 1円を説明しにくい事実 |
|---|---|
| 時価で見直した後も大幅な債務超過 | 帳簿上または時価ベースの純資産がプラス |
| 赤字が構造的で回復の具体策がない | 赤字が一時的で回復可能性が高い |
| 清算費用等を含めても残余価値がない | 現預金、有価証券、含み益のある不動産がある |
| 第三者への売却を試みても買手がいない | 事業、顧客基盤、許認可等に価値がある |
| 価格決定過程と根拠資料が残っている | 「赤字だから」という説明しかない |
一つの項目だけで結論を出すのではなく、これらの事実を総合して判断します。
価格決定のために残しておきたい資料
- 直近数期の決算書と申告書
- 赤字の原因と今後の事業計画
- 主要資産・負債の時価資料
- 未計上債務と清算費用の見積り
- 株主名簿と取引前後の持株関係
- 役員借入金、保証、追加資金の取扱い
- 税務評価および必要に応じた株価算定資料
- 価格の検討過程、契約書、議事録、支払記録
後から「なぜ1円だったのか」を再現できるよう、評価時点と採用した前提を価格決定メモにまとめます。
このケースから分かること
赤字会社の株式を1円で譲渡できる場合はあります。しかし、赤字であることだけを理由に1円と決めることはできません。
純資産、資産の含み損益、将来収益、未計上債務、清算費用、買主が引き受ける負担を整理し、売主と買主それぞれの課税を確認する必要があります。
先に1円と決めるのではなく、会社に残る価値と負担を確認した結果として、その価格を説明できるかが重要です。
当事務所では、赤字会社・債務超過会社を含む非上場株式について、税務評価、実態純資産と将来収益の整理、売主・買主双方の課税確認、価格決定資料の作成まで一体として対応しています。