CASE 15
半年前の株価算定書を使ってよい?―決算後に業績が急増した会社
「半年前に株価を算定しています。この金額を、そのまま今回の売買に使ってもよいでしょうか」
非上場株式の売買を検討している会社から、このような相談がありました。
株価算定書を作成してから、まだ半年です。ところが、その後に大口の受注が決まり、会社の売上と利益は当初の予想を大きく上回っていました。
半年前の算定では、直前期の営業利益は約2,000万円。現在の業績が続けば、今期の営業利益は約5,000万円となる見込みです。
この場合、半年前の株価算定書をそのまま使ってよいのでしょうか。
結論からいえば、「半年以内だから使える」「1年を過ぎたから使えない」というように、経過期間だけで判断することはできません。
確認すべきなのは、株価算定書の評価基準日後に、算定の前提となった業績、受注、資産、負債、事業計画、資本政策、株主構成などが、どの程度変化したかです。
重要な変化があれば、以前の算定書をそのまま使用せず、補足的な検討または再算定を行う必要があります。
※本記事の金額は、考え方を説明するための架空の数値です。
相談内容―半年前の株価算定書を使いたい
相談の対象となった会社では、半年前に非上場株式の株価算定書を作成していました。
その算定書は、直前の事業年度の決算書と、当時作成されていた事業計画を基礎にしたものです。
その後、株主間で株式を売買する話が具体化しました。会社にはすでに株価算定書があったため、あらためて算定を依頼せず、その金額を今回の売買価格として使いたいという意向がありました。
算定から半年であれば、それほど古い資料ではないように見えます。
しかし、会社の状況を確認すると、算定後に大口の受注が決まり、売上と利益が急増していました。
半年前の算定で基礎とした営業利益は約2,000万円でしたが、足元の実績と受注状況からは、今期の営業利益が約5,000万円となる可能性がありました。
以前の算定結果と現在の会社の状況との間に、無視できない差が生じていたのです。
この場合、「株価算定書がある」というだけで、そこに記載された金額を今回の売買価格として使うことはできません。
まず確認すべきなのは、その算定書が、いつの時点の会社を、どのような資料と前提に基づいて評価したものかです。
株価算定書は「作成日」ではなく「評価基準日」を見る
最初に確認したのは、株価算定書の作成日ではなく、評価基準日です。
株価算定書には、通常、会社や株式をどの時点で評価したのかを示す評価基準日があります。報告書を作成した日と評価基準日は、必ずしも同じではありません。
たとえば、6月に完成した算定書であっても、前年12月末の決算書を基礎にしていれば、算定結果は主として前年12月末時点の会社の状況を反映しています。
今回の算定書について、次の事項を確認しました。
- 評価基準日
- 株価算定書の作成日
- 算定に使用した決算書の決算日
- 使用した試算表の対象期間
- 使用した事業計画の作成時期
- 株価算定の目的
- 評価対象となった株式数
- 想定されていた売主と買主
- 算定時の株主構成と持株割合
- 採用された評価方法
- 算定で置かれていた主な前提条件
確認の結果、株価算定書が完成してからは半年でしたが、算定の基礎となった決算書は、それより前の事業年度末のものでした。
つまり、現在の会社の状況と、算定書が基礎とした財務情報との間には、半年よりも長い時間差がありました。
株価算定書を使えるかどうかを判断するときは、表紙の日付だけを見てはいけません。
いつの時点の会社を評価し、いつまでの情報が算定へ反映されているのかを確認する必要があります。
半年の間に、何がどこまで変わったのか
次に、評価基準日から現在までに生じた変化を確認しました。
今回、最も大きかったのは、売上と利益の増加です。
ただし、利益が増えたという事実だけで、直ちに株価を引き上げるわけではありません。
その増加が一時的なものなのか、今後も継続する可能性があるのかを確認する必要があります。
一度だけの大口受注によって利益が増加した場合と、継続的な取引契約によって毎期の利益水準が上がる場合とでは、会社の収益力に与える影響が異なります。
そこで、次の資料を確認しました。
- 月次試算表
- 月別の売上高と利益の推移
- 前年同期との比較
- 大口受注の契約書や発注書
- 受注残高
- 新規顧客との取引条件
- 既存顧客からの受注状況
- 粗利益率と営業利益率の変化
- 一時的な収益や費用の有無
- 更新後の事業計画
- 設備投資や人員増加の予定
株価へ影響するのは、業績だけではありません。
次のような変化も確認しました。
- 多額の借入れまたは返済
- 増資、減資または自己株式取得
- 多額の配当
- 重要な資産の取得または売却
- 不動産や有価証券の価額変動
- 訴訟や損害賠償などの偶発債務
- 株主構成や持株割合の変化
- 経営者や主要取引先の変更
確認の結果、今回の利益増加は、一度だけの臨時的な要因ではなく、新規顧客との継続取引による部分が大きいことが分かりました。
半年前の算定で前提とした収益力を、そのまま現在にも当てはめることは難しい状況でした。
半年前の算定前提と現在を並べて比較する
以前の株価算定書が使えるかどうかを判断するため、算定時の前提と現在の状況を並べて比較しました。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールしてご覧いただけます。
| 比較項目 | 半年前の算定時 | 現在 | 主な影響 |
|---|---|---|---|
| 営業利益 | 直前期約2,000万円 | 今期見込約5,000万円 | 収益力の見直し |
| 受注状況 | 通常水準 | 大口受注と継続契約が増加 | 将来収益への影響 |
| 事業計画 | 算定時の計画 | 実績を踏まえて上方修正 | DCF等の前提変更 |
| 現預金・借入金 | 算定時点の残高 | 営業収入、投資、返済で変動 | 純資産・財務状態への影響 |
| 設備投資 | 当初計画 | 増産のため追加投資を予定 | 将来CFと資金負担への影響 |
| 株主構成 | 算定時の構成 | 変更の有無を確認 | 税務上の株主区分等への影響 |
以前の株価算定書が誤っていたわけではありません。
その算定書は、当時の評価基準日と、その時点で入手できた資料や事業計画に基づいて作成されたものです。
しかし、会社の状況が変化すれば、当時の算定額が現在の会社を十分に表さなくなることがあります。
以前の算定書は破棄するのではなく、当時の前提を確認する資料として利用します。
そのうえで、現在の実績や事業計画と比較し、どの前提が変わったのか、その変化が株価にどのような影響を与えるのかを検討します。
業績が急増しても、すべての株価が同じように上がるわけではない
業績が急増したからといって、税務評価額、DCF等による株式価値、実際の売買価格が、すべて同じように上がるわけではありません。
相続税や贈与税のための税務評価では、課税時期と財産評価基本通達に定められた評価方法を確認します。
類似業種比準方式では、直前期末の配当、利益、純資産などを基礎として評価する部分があります。
一方、純資産価額方式では、課税時期における資産、負債、発行済株式数などを基礎として評価します。
そのため、決算後に利益が増加していても、その影響が各評価方法へ同じ時期、同じ金額で反映されるとは限りません。
DCF等によって会社や株式の経済価値を検討する場合には、将来の収益やキャッシュ・フローの予測が重要になります。
継続的な受注によって今後の利益水準が上がると見込まれる場合には、半年前の事業計画をそのまま使用せず、最新の実績と受注状況を踏まえて将来予測を更新する必要があります。
反対に、一度だけの大口受注であれば、その利益を毎期継続する収益として扱うことは適切ではありません。
今回、分けて検討したのは、次の三つです。
- 税務上の評価額にどのような影響があるか
- 会社や株式の経済価値にどのような影響があるか
- 実際の売買価格へどのように反映するか
業績の変化によって税務評価額が上がったとしても、実際の売買価格が同じ金額だけ上がるとは限りません。
反対に、税務評価額への反映が限定的であっても、会社の継続的な収益力が高まっていれば、DCF等による株式価値や、当事者間の交渉価格へ大きく影響する可能性があります。
税務評価額と経済価値、実際の売買価格を混同しないことが重要です。
「そのまま使う・補足する・再算定する」の3段階で判断する
半年前の株価算定書を今回の取引に使えるかについては、次の3段階で判断します。
1.そのまま使う
評価基準日後に重要な変化がなく、次の条件も変わっていない場合には、既存の株価算定書を今回の検討資料として利用できることがあります。
- 評価目的
- 売主と買主
- 対象となる株式数
- 株主構成と持株割合
- 会社の財務内容
- 会社の収益力
- 採用した評価方法の前提
ただし、変化がなかったことを確認した資料は残します。
2.補足的な検討を加える
評価基準日後に一定の変化があるものの、当初の算定方法や主要な前提を全面的に変更するほどではない場合には、最新資料を使って補足的な検討を行います。
たとえば、最新の試算表、受注状況、現預金や借入金の増減を確認し、既存算定額へ重要な影響がないかを検討します。
補足検討を行った場合には、確認した資料、変化の内容、算定結果への影響、既存算定書を利用できると判断した理由を記録します。
3.再算定する
次のような重要な変化がある場合には、最新資料に基づく再算定を検討します。
- 収益力が大きく変化した
- 継続的な大口受注を獲得した
- 事業計画が大きく変わった
- 多額の資産を取得または売却した
- 借入金や現預金が大きく増減した
- 増資、減資、配当、自己株式取得などを行った
- 株主構成や支配関係が変わった
- 評価目的、売主、買主、対象株式が変わった
今回のケースでは、継続的な受注の増加によって収益力が大きく変化し、当初の事業計画も現在の状況を十分に表していませんでした。
そのため、半年前の算定書をそのまま使わず、最新の試算表、受注資料、更新後の事業計画などに基づいて再算定しました。
半年前の株価算定書も、不要になったわけではありません。
当時の評価結果と再算定後の評価結果を比較し、どの前提が変わり、その変化が株価へどの程度影響したのかを説明する資料として残しました。
また、再算定後の評価額も、実際の売買価格を自動的に決めるものではありません。
売主と買主の関係、取引目的、売買する株式数、取引前後の持株割合、支払条件などを確認し、税務上の時価と実際の取引価格との関係を検討します。
このケースから分かること
半年前の株価算定書を使えるかどうかは、「半年前」という期間だけでは決まりません。
確認すべきなのは、次の5点です。
- いつの時点の会社を評価した算定書か
- どの決算書、試算表、事業計画を使ったか
- 評価基準日後に、業績や財務内容がどの程度変化したか
- 今回も評価目的、当事者、対象株式が同じか
- 変化を踏まえて、そのまま利用、補足検討、再算定のどれが必要か
「半年以内なら安全」「1年以内なら有効」といった一律の基準はありません。
反対に、算定後に時間が経過していても、会社の状況や取引条件に重要な変化がなければ、以前の算定書を検討資料として利用できる場合があります。
大切なのは、株価算定書の作成日ではなく、評価基準日と算定前提を確認することです。
以前の算定書と現在の状況を比較し、どのような変化が生じたのか、その変化を株価へどのように反映したのかを整理します。
そして、既存算定書をそのまま利用したのか、補足検討を行ったのか、再算定したのか、その判断理由を資料として残します。
半年前の株価算定書が手元にある場合には、少なくとも次の資料を併せて確認する必要があります。
- 株価算定書
- 算定時に使用した決算書と事業計画
- 最新の月次試算表
- 売上・利益の推移
- 受注残高や主要契約
- 現預金・借入金の増減資料
- 最新の株主名簿
- 今回予定している株式売買の条件
株価算定書があるから、その金額で売買してよいとは限りません。
算定時から会社の状況が変わっている場合には、株式を動かす前に、現在の資料を用いて確認することが重要です。
※本記事は一般的な考え方を説明するものです。本文中の金額は説明用の架空の数値です。個別の取引で必要となる評価方法、税務上の時価、再算定の要否および確認資料は、売主・買主の属性、株主構成、取引条件、評価目的その他の事情によって異なります。
半年前の株価算定書を今回の売買に使えるか相談する
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