GENERAL GUIDE 15
株主間契約の買戻価格をそのまま使ってよい?―契約の有効性と税務上の時価は別
「退職時には取得価格で会社へ株式を売り渡すと契約しています。契約どおりの価格なら、税務上も問題ないでしょうか」
非上場会社では、退職、死亡、持株会からの退会などに備えて、株主間契約や持株会規約に株式の買戻価格を定めることがあります。
契約で価格を決めておくことは、株式の分散を防ぎ、将来の交渉を円滑にするうえで有効です。
しかし、契約上有効な価格であることと、その価格が現在の税務上の時価又は経済価値として適切であることは別です。
契約締結後に会社の利益や純資産が増えれば、契約価格が現在価値を大きく下回ることがあります。反対に、業績が悪化すれば、契約価格が現在価値を上回ることもあります。
実際に買戻しを行う前には、契約の内容だけでなく、現在の会社価値、売主と買主の属性、発行会社による自己株式取得かどうか、税務上の時価及び必要な会社法上の手続を確認します。
株主間契約の買戻価格が問題になる場面
買戻価格が問題になりやすいのは、主に次の三つの場面です。
- 役員又は従業員が退職し、保有株式を手放すとき
- 株主が死亡し、相続人が取得した株式を移転するとき
- 株主間の協力関係が終了し、特定の株主へ株式を集約するとき
非上場株式には、上場株式のように日々公表される市場価格がありません。そのため、将来の価格交渉を避ける目的で、取得価格、固定額又は一定の計算式をあらかじめ契約に定めることがあります。
問題は、契約締結時と実際の売買時が同じ時点ではないことです。
たとえば、入社時に1株5万円で取得した株式を、退職時にも1株5万円で譲渡する契約を結んでいたとします。契約後に会社が成長し、利益や純資産が大きく増えていれば、1株5万円は現在の税務上の時価又は経済価値と一致しない可能性があります。
契約に価格が明記されていることは重要です。しかし、それだけで現在の取引価格として安全だと判断することはできません。
価格条項にはどのような決め方があるか
買戻価格の決め方は、大きく三つに分けられます。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールしてご覧いただけます。
| 類型 | 主な決め方 | 確認すべき点 |
|---|---|---|
| 固定型 | 取得価格、設立時の払込価格、1株5万円などの固定額 | 長期間経過した後も同じ金額を使うのか |
| 計算式型 | 1株当たり純資産額、相続税評価額、配当額を基礎とする金額 | 使用する決算期、修正項目、評価基準日が明確か |
| 協議・算定型 | 当事者間の協議、第三者による株価算定 | 協議不成立時の手続や算定方法が決まっているか |
どの方法が適切かは、制度の目的によって異なります。
従業員に在職中だけ株式を保有させる制度では、退職時に取得価格で譲渡する条項が置かれることがあります。相続による株式分散を防ぐ目的であれば、死亡時の譲渡先と価格決定方法を定めることがあります。
最高裁判所第三小法廷平成7年4月25日判決は、従業員持株制度における退職時の定額譲渡合意について、制度目的や合意内容などを踏まえて有効と判断しました。
ただし、この判決が判断したのは、具体的な制度における契約の効力です。契約価格が税務上の時価になることや、その価格で売買すれば課税上問題が生じないことまで示したものではありません。
したがって、価格条項を確認するときは、金額だけでなく、誰が、いつ、何の目的で合意し、どの場面に適用する条項なのかを確認します。
契約上の価格と税務上の時価は別である
買戻しを検討するときは、少なくとも次の三つの価格を区別します。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールしてご覧いただけます。
| 価格 | 主な目的 | 確認内容 |
|---|---|---|
| 契約価格 | 当事者間の権利義務を定める | 契約の効力、適用条件、価格決定方法 |
| 税務上の時価 | 売買に伴う課税関係を判断する | 売主・買主の属性、当事者関係、持株割合 |
| 経済価値 | 現在の株式価値を検討する | 資産、収益力、将来性、支配権など |
三つの価格が結果として同じ金額になることはあります。しかし、目的と計算の前提は同じではありません。
民法上、当事者は法令の制限内で契約内容を自由に決めることができます。一方、税務上の取扱いは、当事者が契約で選んだ価格だけで決まるものではありません。
個人が個人から著しく低い価額で株式を取得した場合には、時価と支払価格との差額について贈与税の問題が生じる可能性があります。
個人が法人へ株式を著しく低い価額で譲渡した場合には、一定の要件の下で、時価によって譲渡したものとして譲渡所得を計算することがあります。
法人が低額又は高額で株式を譲渡若しくは取得した場合にも、時価との差額を含めた法人税上の処理を確認する必要があります。
「契約に書いてある価格」と「課税関係を判断する価格」は、分けて検討しなければなりません。
契約後に会社価値が変化した場合
契約価格が現在も合理的かを判断するためには、契約締結時と売買時の会社を比較します。
主な確認項目は、次のとおりです。
- 売上高、利益及び純資産の増減
- 現預金及び借入金の増減
- 土地、有価証券その他の資産の含み損益
- 主要な取引先、契約、技術、ノウハウ及びブランドの変化
- 現在及び将来の収益力
- 株主構成、持株割合及び支配権の変化
利益を長期間蓄積し、多額の現預金や含み益のある資産を保有する会社では、過去の固定価格が現在価値を大きく下回る可能性があります。
反対に、赤字が続き、純資産や収益力が低下していれば、契約価格が現在の経済価値を上回る可能性があります。
現在の経済価値を検討する方法には、時価純資産法、DCF法、類似会社比較法などがあります。どの方法を使うかは、評価目的、評価時点、事業内容、資産構成、収益力及び成長性によって異なります。
確認すべきなのは、契約締結時の価格が間違っていたかどうかではありません。契約締結後に会社がどのように変化し、その変化を現在の取引価格へどう反映するかです。
誰が買い戻すかで論点が変わる
「買戻し」という言葉だけでは、実際の取引関係は分かりません。少なくとも、次の三類型を区別します。
発行会社が自己株式として取得する場合
発行会社が買主になる場合には、会社法上の取得手続及び分配可能額を確認します。
売主が個人である場合、受取金額の全額が単純な株式譲渡収入になるとは限りません。資本金等の額に対応する部分を超える金額について、みなし配当の検討が必要になります。
代表者・後継者・他の株主が個人として取得する場合
個人が買主になる場合には、売主との親族関係、売買価格と税務上の時価との差、取得後の持株割合を確認します。
著しく低い価格で取得した場合には、買主側に贈与税の問題が生じる可能性があります。
持株会社・関係会社などの法人が取得する場合
法人が買主になる場合には、売主側の課税だけでなく、買主法人側の受贈益その他の法人税上の処理を確認します。
いずれの場合も、対象株式が譲渡制限株式であれば、定款及び会社法に従った譲渡承認手続が必要です。
同じ契約価格でも、誰が買主になるかによって、税務上の問題と会社法上の手続は変わります。
安すぎる買戻価格と高すぎる買戻価格
契約価格が現在の税務上の時価と大きく異なる場合には、売主、買主及び発行会社のそれぞれについて影響を確認します。
契約価格が著しく低い場合、売主から買主へ価値が移転したと評価される可能性があります。買主が個人であれば贈与税、法人であれば受贈益などの問題が生じることがあります。売主についても、法人へ低額で譲渡した場合などには、時価を基礎として課税される可能性があります。
反対に、契約価格が現在価値より著しく高い場合には、時価を超える部分について、その支出の相手方、目的及び関係性に応じた税務処理を検討します。
発行会社が自己株式を高額で取得する場合には、税務だけでなく、分配可能額や会社財産の流出も確認しなければなりません。
特に、親族間、同族会社と株主との間、代表者と後継者との間の取引では、価格の根拠を慎重に確認する必要があります。
契約どおりに支払ったという事実だけで、時価との差額に関する検討が不要になるわけではありません。
契約を作る段階で確認すること
買戻条項を作る段階では、次の三点を明確にします。
価格の決め方
固定額、計算式又は第三者算定のいずれを使うのかを決めます。計算式を使う場合には、評価基準日、使用する決算書、一時的な損益、資産の含み損益などの扱いも明確にします。
会社価値が変化した場合の見直し
固定額を使う場合には、どの程度の期間を想定するのか、会社価値が大きく変わった場合にも同じ価格を使うのか、定期的に見直すのかを決めます。
買主と手続
誰が買い取るのか、対象株式数、支払時期、分割払いの可否、譲渡承認手続、発行会社が取得する場合の分配可能額などを確認します。
当事者間の協議で価格を決める場合には、協議がまとまらないときの第三者算定又は解決手続も定めておく必要があります。
契約を作る段階から、契約上の価格と税務上の時価が異なる可能性を想定しておくことが重要です。
既存契約に基づき買い戻す前に確認すること
既存契約に基づいて買戻しを行う場合には、次の四段階で確認します。
1.契約を確認する
契約当事者、契約締結日、買戻事由、売主、買主、対象株式数、価格決定方法、支払条件、契約変更の有無を確認します。
2.現在の価値を確認する
契約締結時と現在の決算書、最新の月次試算表、現預金、借入金、純資産、資産の含み損益、収益力及び株主構成を比較します。
契約価格だけでなく、現在の税務上の時価及び経済価値を確認します。
3.当事者と手続を確認する
売主と買主が個人か法人か、両者に親族関係又は支配関係があるか、発行会社が自己株式として取得するか、取引前後の持株割合がどう変わるかを確認します。
あわせて、譲渡承認、株主総会等の決議及び分配可能額などの会社法上の手続を確認します。
4.判断過程を記録する
契約価格どおりに売買する場合には、なぜ現在もその価格を採用できると判断したのかを記録します。
契約と異なる価格を採用する場合には、なぜ契約価格を変更したのか、契約上どのような処理が必要かを確認し、その理由を記録します。
採用価格だけでなく、比較した税務上の時価及び経済価値、採用しなかった価格、税務上の検討、社内の意思決定及び価格交渉の経過も残します。
まとめ―契約価格は出発点であり、税務上の安全価格ではない
株主間契約や持株会規約に買戻価格を定めることには、株式の分散防止、経営の安定及び将来の交渉負担の軽減という意味があります。
一方、契約に従って売買する義務があるかという問題と、その価格で売買した場合に課税上問題がないかという問題は、別々に判断する必要があります。
契約締結後に会社の利益、純資産、保有資産、収益力又は株主構成が変化すれば、契約価格と現在の税務上の時価又は経済価値との間に差が生じます。
実際に買戻しを行う前には、契約内容、現在の会社価値、売主と買主の属性、取引前後の持株割合、自己株式取得の有無及び必要な会社法上の手続を確認します。
そのうえで、契約価格を採用する場合にも、別の価格を採用する場合にも、比較した価格と判断理由を資料として残します。
契約価格は重要な出発点ですが、契約書に記載されているという理由だけで、税務上の安全価格になるわけではありません。
※本記事は一般的な考え方を説明するものです。個別の取引における契約の効力、税務上の時価、課税関係、会社法上の手続及び経済価値は、契約内容、売主・買主の属性、当事者関係、株主構成、持株割合、取引目的その他の事情によって異なります。
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