CASE 17
「退職時は取得価格で買い戻す」という契約―10年後も同じ価格でよい?
「役員が退職することになりました。10年前の契約には、取得価格で会社が株式を買い戻すと書かれています。そのまま同じ価格で買い戻してよいでしょうか」
非上場会社では、役員や従業員に自社株を持ってもらう際、退職時の買戻しについて契約で定めることがあります。
契約書に価格が明記されていれば、その金額をそのまま使えるように思えるかもしれません。
しかし、契約上の買戻価格、売主が株式を取得したときの価格、買戻し時点の税務上の時価は、それぞれ役割が異なります。契約に「取得価格で買い戻す」と書かれていることだけで、10年後も税務上問題のない価格になるわけではありません。
特に、発行会社が自己株式として買い戻す場合は、通常の株主間売買とは異なります。売主側のみなし配当と株式譲渡部分を分け、会社法上の取得手続と分配可能額も確認する必要があります。
契約は重要な出発点です。ただし、実行時には、現在の会社価値、税務上の時価、買主及び課税関係を改めて確認します。
相談内容―10年前の取得価格で買い戻したい
相談会社では、約10年前、役員に自社株を取得してもらいました。
その際の契約書には、役員が退職するときは、取得時と同じ価格で株式を会社へ譲渡する旨が定められていました。退職者が株主として残り続けることを防ぎ、株主構成を安定させることが目的でした。
今回、その役員の退職が決まりました。会社は、契約どおり当時の取得価格で株式を買い戻す予定です。
ところが、株式の取得から約10年が経過しています。その間に会社の売上と利益は増加し、純資産も取得当時とは異なる状態になっていました。
会社の担当者は、次の二つの考えの間で判断に迷っていました。
- 契約で価格を決めている以上、その価格で買い戻すべきではないか
- 会社価値が変化している以上、現在の株価を確認すべきではないか
そこで、契約上の義務と、買戻しを実行する時点の価格・税務を分けて確認することにしました。
契約の価格条項と締結時の目的を確認した
最初に確認したのは、株式を取得したときの契約書、払込資料及び当時の株主名簿です。
確認の中心は、次の四点でした。
- 「取得価格」が、役員が実際に支払った金額を指しているか
- 買主として発行会社が指定されているか
- 会社価値が変化した場合の価格調整条項があるか
- なぜ取得価格で買い戻すことにしたのか
「取得価格」という言葉は、契約によって意味が異なります。実際の購入価格を指す場合もあれば、設立時の払込価格、一定の計算式による価格又は額面と呼ばれていた金額を指す場合もあります。
今回の契約では、役員が株式を取得する際に実際に支払った金額を、退職時の買戻価格とすることが予定されていました。一方、会社価値が変化した場合に価格を調整する条項はありませんでした。
この買戻条項には、退職者が株主として残らないようにすること、役員が株式を取得する時点で将来の売却先と価格を示すことなど、契約上の目的がありました。
ただし、その目的に合理性があることと、10年後の税務上の時価も取得価格になることは別です。
契約条項の法的な有効性や履行義務は、契約内容と個別事情に応じて確認する必要があります。本件では、契約の有効性を税務判断だけで決めず、契約に基づいて買い戻す場合の現在価格と課税関係を検討しました。
10年間の会社価値の変化を確認した
次に、役員が株式を取得した当時と、退職時の会社の状態を比較しました。
| 確認項目 | 取得時に確認する内容 | 退職時に確認する内容 |
|---|---|---|
| 純資産 | 株式取得時点の純資産 | 10年間の利益又は損失を反映した現在の純資産 |
| 収益力 | 当時の売上と利益水準 | 現在の売上、利益及び将来の収益見込み |
| 現預金・借入金 | 取得時の残高 | 現在の残高と財務状況 |
| 保有資産 | 当時の保有状況 | 土地、有価証券等の現在の含み損益 |
| 株主構成 | 取得時の持株割合 | 買戻し前後の持株割合と支配関係 |
取得価格は、役員が当時その株式を取得するために負担した金額です。過去の取得事実を確認するための重要な資料ですが、その後に会社が獲得した利益や増加した資産、現在の収益力を自動的に反映するものではありません。
取得後に利益を蓄積し、純資産や収益力が増えていれば、現在の株式価値が取得価格を上回る可能性があります。反対に、赤字が続き、純資産や収益力が低下していれば、現在の価値が取得価格を下回る可能性もあります。
今回も、直近の決算書、法人税申告書、最新の試算表、保有資産の資料及び株主名簿を確認し、取得時から現在までの変化を整理しました。
契約書から分かるのは、当事者が約10年前にどの価格を約束したかです。現在もその価格を採用できるかは、現在の会社の状態を確認しなければ判断できません。
誰が買い戻すかを確認した
退職者の株式を誰が買い戻すかによって、必要な手続と税務上の取扱いが変わります。
代表者、既存株主又は後継者が個人として買い取る場合は、基本的には株主間の売買です。売主側の譲渡所得に加え、著しく低い価格で取得した買主側に贈与税の問題が生じないかなどを確認します。
これに対し、株式を発行した会社が買い取る場合は、自己株式の取得です。
自己株式の取得では、株主総会その他の必要な機関決定、取得条件、特定の株主から取得する場合の手続及び分配可能額を確認する必要があります。税務上も、会社が支払う金額の全額を通常の株式譲渡代金として扱うとは限りません。
今回の契約では、発行会社が買主として定められていました。そのため、一般的な株主間売買ではなく、自己株式取得として検討しました。
発行会社が買い戻す場合のみなし配当
会社が取得価格と同じ金額で買い戻せば、売主には利益が出ず、税金も生じないように見えるかもしれません。
しかし、発行会社による自己株式取得では、そのように単純には判断できません。
発行会社が株主へ交付する金銭等のうち、取得対象株式に対応する資本金等の額を超える部分は、一定の範囲で配当とみなされることがあります。これが、自己株式取得に伴うみなし配当です。
みなし配当部分を除いた金額は、株式譲渡に係る収入金額として、売主の取得価額などと比較します。
そのため、契約上の買戻価格と売主の取得価格が同じであっても、その支払額の全額を取得価額と直接比較して「譲渡益はない」と判断することはできません。
少なくとも、次の事項を確認します。
- 会社が交付する金銭等の額
- 買い戻す株式数
- 取得対象株式に対応する資本金等の額
- 売主が株式を取得した経緯と取得価額
- 売主が個人か法人か
契約書は会社が支払う総額を定める資料です。その総額を、みなし配当部分と株式譲渡部分にどう分けるかは、税務上別に計算します。
取得価格と税務上の時価の差を確認した
今回の買戻しでは、次の三つの価格を区別しました。
| 価格 | 何を表すか | 主に何を判断するために使うか |
|---|---|---|
| 当初の取得価格 | 役員が約10年前に株式を取得するために負担した金額 | 株式譲渡部分の取得価額や取得経緯の確認 |
| 現在の税務上の時価 | 買戻し時点で税務上確認する株式の価額 | 予定価格との差及び課税関係の検討 |
| 契約上の買戻価格 | 契約条項に基づいて会社が支払う予定の金額 | 当事者間の支払義務と実際の取引条件の確認 |
三つの価格が結果として同額になることはあります。しかし、同じ金額であっても、それぞれの意味と計算目的は異なります。
また、契約上の買戻価格と税務上の時価に差があるからといって、直ちに契約価格を採用できないと決まるわけではありません。
契約を締結した時期と目的、価格条項の内容、会社価値の変化、売主と会社の関係、現在の持株割合、過去の買戻実績などを確認し、その価格で取引した場合に、売主と発行会社へどのような税務上の影響が生じるかを検討します。
重要なのは、「契約に書いてあるから安全」と判断することでも、「時価と違うから契約価格は使えない」と直ちに判断することでもありません。
現在の税務上の時価との差を把握し、その差が生じた理由と、契約価格を採用する場合の影響を確認することが必要です。
契約どおりに実行する前に検討したこと
このケースでは、次の四段階で検討しました。
1.契約と取得経緯を確認する
契約書、払込資料及び取得時の株主名簿から、取得価格、取得株式数、買戻義務、買主、価格条項及び契約の目的を確認しました。
2.現在の会社価値と税務上の時価を確認する
決算書、法人税申告書、最新の試算表、保有資産の資料及び現在の株主名簿から、10年間の会社価値の変化を整理しました。そのうえで、売主と買主の属性、株主構成、持株割合及び評価目的を踏まえ、買戻し時点の税務上の時価を検討しました。
3.自己株式取得の手続と課税関係を確認する
発行会社による取得であるため、必要な機関決定、取得条件、特定の株主から取得する場合の手続及び分配可能額を確認しました。
会社が支払う金額については、みなし配当部分と株式譲渡部分を分け、売主の取得価額も確認しました。
4.採用価格と判断過程を記録する
当初の取得価格、現在の税務上の時価及び契約上の買戻価格を比較し、それぞれの金額を採用した場合の影響を整理しました。
そのうえで、契約内容、会社の現在の状態、自己株式取得に伴う課税関係及び当事者間の調整を踏まえて、実際に採用する価格を決定します。
最終的な価格だけでなく、比較した価格、採用理由、採用しなかった価格の理由、税務上の検討内容及び会社の意思決定を記録します。
このケースから分かること
退職時に取得価格で買い戻す契約は、退職者が株主として残ることを防ぎ、株主構成を安定させるための仕組みになります。
ただし、契約は価格判断の入口です。契約上の買戻価格が、10年後の税務上の時価や現在の経済価値を自動的に表すわけではありません。
取得から長期間が経過している場合には、会社の利益、純資産、保有資産、収益力及び株主構成の変化を確認します。
また、発行会社が自己株式として買い戻す場合には、通常の株主間売買とは分けて、みなし配当、株式譲渡部分、会社法上の取得手続及び分配可能額を検討します。
取得価格での買戻しが一律に否定されるわけではありません。反対に、契約どおりであれば無条件に安全というわけでもありません。
契約、取得経緯、現在価値、税務上の時価、買主及び課税関係を整理し、現在もその価格を採用できる理由と判断過程を残すことが重要です。
※本記事は一般的な考え方を説明するものです。契約条項の有効性、自己株式取得の手続、税務上の時価及び課税関係は、契約内容、売主の属性、株主構成、持株割合、会社の財務内容その他の事情によって異なります。
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