CASE 19
約8割取得後の「残り約2割」はいくら?―完全子会社化を目指す株式買取
「会社の株式を約8割まで取得しました。残り約2割を買い取る場合、会社全体の価値に持株割合を掛ければよいでしょうか。それとも、少数株式として価格を下げるべきでしょうか」
非上場会社を子会社化した後、残った少数株主から株式を取得し、100%子会社にしたいという相談があります。
残り約2割は、売主から見れば単独で会社を支配できない少数持分です。一方、すでに約8割を持つ買主から見れば、100%化を完成させるために必要な最後の持分です。
この二つの価値は同じではありません。
会社全体の価値に残存割合を掛けた金額だけでも、少数持分としての価値だけでも、最終的な売買価格は決まりません。税務上の時価、100%化によって買主が得る利益、過去の買取実績及び契約条件を分けて比較する必要があります。
本記事では、買主A社がT社株式の82%を保有し、個人株主Bから残り18%を取得した説明用事例を使って、価格を決める過程を整理します。
本記事は、典型的な論点を組み合わせた説明用事例です。実在する会社、株主又は取引を紹介するものではありません。
結論―最後の約2割には二つの価値がある
このケースでは、Bが保有する18%の最終価格を6,800万円としました。
検討した金額は、次のとおりです。
| 区分 | 金額 | 役割 |
|---|---|---|
| T社全体の経済価値 | 4億2,000万円 | 100%株式価値の算定結果 |
| 18%の単純比例額 | 7,560万円 | 会社全体価値との比較基準 |
| 18%持分単独の経済価値 | 5,300万~6,500万円 | Bが手放す少数持分の価値 |
| 売主Bについて確認した税務上の時価 | 6,000万円 | 売主・買主の税務確認の基準 |
| 過去実績の補正額 | 6,200万円 | 過去の買取条件を現在へ補正した参考額 |
| 100%化による追加的利益 | 3,000万~5,000万円 | A社側の支払判断に用いる便益 |
| 交渉範囲 | 6,000万~7,560万円 | 当事者が価格交渉を行う範囲 |
| 最終合意価格 | 6,800万円 | 契約条件を含む交渉結果 |
6,800万円は、単純比例額7,560万円から一定率を割り引いた金額ではありません。また、少数持分単独の価値へ100%化利益をそのまま足した金額でもありません。
Bが手放す18%の価値と、A社がその18%を取得して100%化することによって得る利益を別々に検討し、税務上の時価などを確認したうえで交渉した結果です。
まず取引前後の株主構成を確定した
T社の発行済み・議決権行使可能な普通株式は1万株でした。取引前後の株主構成は、次のとおりです。
| 株主 | 取引前の株式数 | 取引前の議決権割合 | 取引後の株式数 | 取引後の議決権割合 |
|---|---|---|---|---|
| A社 | 8,200株 | 82% | 10,000株 | 100% |
| B | 1,800株 | 18% | 0株 | 0% |
| 合計 | 10,000株 | 100% | 10,000株 | 100% |
Bは個人株主であり、A社及びT社と親族、役員、従業員その他の特別な関係はありません。
T社には自己株式や種類株式がなく、1万株のすべてについて議決権を行使できました。株主間契約による特別な議決権制約もありませんでした。
非上場株式では、発行済株式数だけでなく、実際に行使できる議決権を確認する必要があります。自己株式、種類株式又は株主間契約があれば、見かけ上の持株割合と実際の権利が異なることがあるためです。
本件では、A社がBの1,800株をすべて取得すると、議決権割合も82%から100%になることを確認しました。
会社全体の価値に18%を掛けると7,560万円になる
T社の収益力、保有資産、負債及び将来計画から、T社株式100%の経済価値を4億2,000万円と算定しました。
この金額にBの持株割合18%を掛けると、7,560万円になります。
4億2,000万円×18%=7,560万円
7,560万円は、会社全体の価値と今回の対象株式との関係を示す基準線です。しかし、これをそのまま18%の価格とするには、100%株式価値に含まれる支配価値を、単独では支配できない18%にも同じように配分してよいかを確認しなければなりません。
一方、A社にとって18%は、単なる少数株式の追加取得でもありません。取得後に100%化が完成するため、Bが単独で保有する場合の価値とは別の意味があります。
そのため、7,560万円は最終価格や当然の上限ではなく、売主側の少数持分価値と買主側の100%化利益を検討するための比較値としました。
残り18%自体は少数持分だった
Bは18%を保有していますが、その株式だけでT社の経営を支配することはできません。
Bが株式を保有し続けた場合に得られるものを確認しました。
- T社から受け取る配当
- 株主として行使できる議決権その他の権利
- T社に関して入手できる情報
- 将来、A社又は第三者へ売却できる可能性
- T社の企業価値が上昇した場合の利益
同時に、非上場株式には公開市場がなく、希望する時期に希望する価格で売れるとは限りません。T社株式には譲渡制限があり、第三者への売却には承認手続が必要でした。現実的な買手候補も限られていました。
これらの権利、配当、換金可能性及び譲渡制限を踏まえ、18%持分単独の経済価値を5,300万~6,500万円としました。
この金額は、7,560万円へ一律の少数株主ディスカウント率を掛けて算出したものではありません。
また、税務上の配当還元価額が計算できる場合でも、その金額が当然に第三者間の売買価格になるわけではありません。相続・贈与のための評価額と、今回の売買における経済価値は、目的を分けて検討しました。
買主には100%化による追加的利益があった
A社は、取引前から82%の議決権を保有していました。そのため、すでにT社に対して強い支配力を持っていました。
ただし、82%の保有と100%の保有は同じではありません。
82%を保有していても、Bは株主として残ります。A社は、Bへの株主総会の招集通知や情報提供を行い、配当その他の株主還元では少数株主との利害関係を考慮しなければなりません。少数株主との利益相反や紛争の可能性も残ります。
会社法上、総株主の議決権の90%以上を有する特別支配株主には、一定の要件と手続の下で株式等売渡請求制度があります。しかし、90%を超えたことと、実際に100%化が完了したことも同じではありません。
A社がBの18%を取得して100%化することにより、次の利益が見込まれました。
- 少数株主への通知、情報提供及び説明対応を減らせる
- 配当や資金政策をグループ方針と統一しやすくなる
- グループ内再編を検討しやすくなる
- 将来の売却、再編又は事業承継に備えて株主構成を単純化できる
- 少数株主との利益相反や紛争の可能性を抑えられる
実現可能性、実現時期、実行費用及び将来の不確実性を考慮し、これらの追加的利益を3,000万~5,000万円と見積もりました。
ただし、この全額をBの18%の価格へ上乗せしたわけではありません。
100%化利益には、A社がすでに保有している82%や、A社自身の経営方針によって生じる部分も含まれます。取得後の再編等が予定どおり実現するとも限りません。
3,000万~5,000万円は、A社が18%を取得するためにどこまで支払えるかを判断する材料であり、Bが当然に受け取れる固定プレミアムではありません。
売主個人と買主法人の税務上の時価を確認した
本件は、個人Bから法人A社への株式譲渡です。
今回確認した税務上の時価は6,000万円でした。ただし、これは当事者が6,000万円で売買しなければならないという意味ではありません。売買価格が税務上の時価から離れた場合に、売主と買主へどのような課税問題が生じるかを確認するための基準です。
個人が法人へ資産を著しく低い価額で譲渡した場合には、所得税法上、時価で譲渡したものとみなされることがあります。法人が時価より低い価額で取得した場合には、買主法人側でも時価との差額について受贈益等の確認が必要になることがあります。
そこで、T社の財務内容、株主構成、Bの株主区分、取引時点、売買実例及び税務上の評価方法を確認し、Bについて確認すべき税務上の時価を6,000万円としました。
この6,000万円は、相続税又は贈与税の申告で使用する評価額をそのまま流用したものではありません。
相続・贈与のための評価額、所得税・法人税上確認する時価、株式の経済価値及び当事者の合意価格は、目的が異なります。それぞれを別の数字として整理する必要があります。
また、所得税法施行令に低額譲渡の判定に関する基準があっても、「時価の2分の1以上であれば、常に適正価格であり課税問題も生じない」とはいえません。まず今回の取引における時価を確認し、実際の売買価格との差を検討します。
過去の買取実績を現在条件へ補正した
T社では、過去にも他の株主から株式を買い取った実績がありました。
実際の売買価格は重要な参考資料です。しかし、同じ会社の株式であっても、取引条件が異なれば同じ1株当たり価格をそのまま使用できません。
本件では、次の条件を過去の取引と比較しました。
| 比較項目 | 確認内容 |
|---|---|
| 取引時点 | 過去の取引から現在までの期間 |
| 会社の状態 | 売上、利益、資産、負債及び将来計画の変化 |
| 取得割合 | 売買株式数と取得前後の持株割合 |
| 当事者 | 売主と買主の関係及び売却理由 |
| 支払条件 | 一括払い、分割払い及び支払時期 |
| 契約条件 | 表明保証、補償、競業避止その他の条件 |
これらの差を補正した結果、過去の買取実績から得られる現在の参考額を6,200万円としました。
6,200万円は過去の売買価格そのものではありません。過去の取引を今回の18%取得と比較できるように調整した金額です。
過去に別の株主から一定の価格で買い取った事実があっても、その価格を今回のBへ自動的に横展開することはしませんでした。
複数の数字から6,000万~7,560万円を交渉範囲とした
価格交渉では、売主Bが説明できる金額と、買主A社が支払える金額を分けて考えました。
売主側では、18%持分単独の経済価値5,300万~6,500万円、税務上の時価6,000万円及び過去実績の補正額6,200万円を確認しました。
買主側では、単純比例額7,560万円と、100%化による追加的利益3,000万~5,000万円を確認しました。
これらを踏まえ、6,000万~7,560万円を交渉範囲としました。
6,000万円を下回る価格を採用する場合には、少数持分単独の価値だけでなく、売主Bの低額譲渡課税や買主A社の受贈益等を慎重に検討する必要があります。
一方、7,560万円は、T社全体の経済価値に18%を掛けた比較値です。A社に100%化利益があるからといって、7,560万円へその利益を全額加算するものではありません。
交渉範囲は、比較した金額の平均ではありません。売主が手放す価値、買主が得る利益、税務上の時価及び過去実績を、それぞれ異なる役割を持つ数字として比較した結果です。
最終価格を6,800万円とした
A社とBは、価格だけでなく、代金の支払時期、株式譲渡承認、名義書換え、表明保証及び契約違反時の補償についても交渉しました。
その結果、Bの1,800株を6,800万円で売買することに合意しました。
6,800万円は、税務上の時価6,000万円及び過去実績の補正額6,200万円を上回っています。また、少数持分単独の経済価値5,300万~6,500万円を少し上回る一方、単純比例額7,560万円は下回っています。
少数持分価値を上回る部分には、A社が100%化を完成させるためにBの株式を必要としていたことが反映されています。
単純比例額を下回る部分には、Bの18%だけではT社を支配できないことと、100%化利益のすべてがBの株式から生じるわけではないことが反映されています。
つまり、6,800万円は、売主側の少数持分価値と買主側の100%化利益の間で、契約条件を含めて交渉した結果です。
最終価格だけでなく判断過程を記録した
非上場株式には、公開市場で確認できる相場がありません。最終価格だけを残しても、後からその価格を採用した理由を説明できないことがあります。
本件では、次のように資料を整理しました。
価値算定に関する資料
- 取引前後の株主構成表と議決権割合の確認資料
- T社全体の経済価値4億2,000万円の株価算定資料
- 18%持分単独の経済価値5,300万~6,500万円の検討資料
- 100%化による追加的利益3,000万~5,000万円の検討資料
- 過去実績を6,200万円へ補正した比較表
税務に関する資料
- 税務上の時価6,000万円の計算資料
- 売主Bの譲渡所得に関する検討メモ
- 買主A社の受贈益等に関する検討メモ
交渉と契約に関する資料
- A社とBの提示価格及び交渉経過
- A社の社内決裁資料と取締役会等の議事録
- T社の株式譲渡承認に関する資料
- 株式譲渡契約書と代金支払資料
採用した6,800万円の根拠だけでなく、7,560万円、5,300万~6,500万円、6,000万円及び6,200万円をそのまま採用しなかった理由も記録しました。
価格決定の結果と判断過程を残すことで、取引後に株主、税務当局、監査人その他の関係者から説明を求められた場合にも対応しやすくなります。
このケースから分かること
残り約2割の株式は、売主と買主で意味が異なります。
売主にとっては、単独では会社を支配できない少数持分です。買主にとっては、100%化を完成させるために必要な最後の持分です。
そのため、会社全体の価値に残存割合を掛けただけでも、少数持分として一定率を割り引いただけでも、最終価格は決まりません。
売主が手放す価値、買主が100%化によって得る利益、税務上の時価、過去の買取実績及び契約条件を分けて比較する必要があります。
このケースでは、6,000万~7,560万円を交渉範囲とし、契約条件を含む交渉の結果、6,800万円で合意しました。
重要なのは、残り持分の割合だけでプレミアムやディスカウントを決めることではありません。複数の価格が何を表すのかを区別し、最終価格に至った判断過程を記録することです。
※本記事は、典型的な論点を組み合わせた説明用事例です。実在する会社、株主又は取引を紹介するものではありません。個別の取引における株式価値、税務上の時価及び課税関係は、当事者の属性、株主構成、権利内容、取引目的、契約条件その他の事情によって異なります。
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