CASE 20

退職金5,000万円を支給してから後継者へ株式を売る―株価はいくら下がる?

「創業者へ退職金5,000万円を支給したところ、税務評価額が1株6万5,000円から4万円へ下がりました。親族ではない後継者へ、この4万円で売ってよいでしょうか」

非上場株式の事業承継では、このような相談があります。

退職金を支給した後は、支給前の株価をそのまま使わず、支給後の会社の状態を基準に計算し直す必要があります。

ただし、税務評価額が1株4万円になったからといって、実際の売買価格も自動的に4万円になるわけではありません。税務評価額とは別に、退職金支給後の経済価値と今回の取引条件を確認します。

本ケースでは、支給後の税務評価額4万円、経済価値5万5,000円を比較し、最終的に1株5万円で合意しました。

結論―支給後の税務評価4万円を、そのまま売買価格にはしない

退職金支給前後の評価額と、最終合意価格は次のとおりです。

区分 退職金支給前 退職金支給後・売買時
税務評価額 1株6万5,000円 1株4万円
経済価値 1株8万円 1株5万5,000円
最終合意価格 ― 1株5万円

税務評価額と経済価値は、いずれも1株当たり2万5,000円低下しました。

退職金5,000万円を発行済株式数2,000株で割った金額も、1株当たり2万5,000円です。ただし、表の税務評価額と経済価値は、詳細な評価計算を示さずに置いた説明用の設定値です。両者の下落額が退職金の単純割額と一致したことは、退職金の税引後負担3,500万円から導いた計算結果ではありません。

実際の株価は、退職金の損金算入額、税効果、評価方式、会社規模、株主区分、利益、純資産及び創業者退任後の収益力によって変わります。退職金額を株式数で割り、その金額を支給前の株価から差し引けばよいわけではありません。

また、最終合意価格5万円は、税務評価額4万円と経済価値5万5,000円の単純平均ではありません。

退職金の相当性、創業者の実質的な退任、支給後の会社の状態、後継者が100%株主になること、支払条件、契約条件及び当事者間の交渉を踏まえた価格です。

ケース設定―創業者Aから親族でない後継者Bへ70%を売る

本ケースの当事者と取引内容は、次のとおりです。

項目 内容
発行会社 非上場会社T社
発行済株式数 2,000株
売主A 創業者・代表取締役、1,400株・70%を保有
買主B Aと親族関係のない取締役、600株・30%を保有
役員退職金 T社からAへ5,000万円
売買対象 Aが保有する1,400株全部
最終売買価格 1株5万円、総額7,000万円
売買後 Bが2,000株・100%を保有

Aは代表取締役を退任し、代表権と常勤業務から実質的に退きます。T社はAへ役員退職金5,000万円を支給し、その後、BがAの保有株式1,400株を取得します。

Bは、株式の取得資金を自己資金と金融機関借入れによって準備しました。資金調達の詳しい条件は、本記事では扱いません。

取引の時系列は、次のとおりです。

日付 出来事 確認する事項
3月31日 T社の前期決算 退職金支給前の会社数値
5月20日 退職金5,000万円を決議 金額の相当性、債務の具体的確定
6月30日 Aが代表取締役を退任 代表権、勤務実態、報酬、経営関与
7月10日 T社がAへ退職金を支給 現預金流出、損金算入、税効果
8月31日 支給後試算表と株価資料を作成 税務評価額4万円、経済価値5万5,000円
9月30日 AからBへ1,400株を譲渡 1株5万円、総額7,000万円

以下の会社、当事者、株数、金額及び日付は、考え方を説明するための架空の設定です。

最初に、退職金と株式代金を分ける

Aは、退職金5,000万円と株式売買代金7,000万円を受け取ります。ただし、二つの金銭は支払者も支払理由も異なります。

区分 支払者 受取人 金額 性質
役員退職金 T社 A 5,000万円 Aの在任期間、職責、功績、退任事情等に基づく支給
株式売買代金 B A 7,000万円 Aが保有する1,400株の譲渡対価

退職金5,000万円を株式代金の一部として扱ったり、合計1億2,000万円を株式の対価と考えたりしません。

退職金については、算定根拠、退任の実態、株主総会等の決議及び支給記録を残します。株式売買については、税務評価額、経済価値、合意価格及び価格交渉の経緯を別に残します。

Aの税務も分けて確認します。退職金に係る所得と株式譲渡に係る所得は別であり、株式譲渡所得は、株式代金7,000万円から取得費及び譲渡費用等を控除して計算します。

第1段階―退職金5,000万円の会社負担を確認する

5,000万円が全額損金になるとは限らない

役員退職金5,000万円を支給しても、必ずその全額が法人税の計算上損金になるとは限りません。

役員退職給与のうち不相当に高額な部分は、損金不算入となる可能性があります。そのため、Aの在任期間、退任前の報酬、職責、会社への功績、退任事情及び同業・同規模法人の支給状況などを確認します。

また、退職金額が株主総会等で具体的に確定した日、Aが実際に退任した日及び退職金を支払った日を区別します。

本ケースでは、退職金規程、算定資料、議事録、在任期間、退任前報酬及び同規模法人の支給状況を確認し、5,000万円の全額が損金に算入されるという説明用の前提を置きます。

実際の取引で一部が損金不算入となれば、税負担と退職金支給後の純資産は、本ケースとは異なる結果になります。

Aが実質的に退職しているか確認する

代表取締役という肩書を外しただけで、実質的に退職したことになるとは限りません。

退任後も代表権を持つ、主要な経営判断を続ける、常勤で勤務する、退任前と同程度の報酬を受け取るといった場合には、退職の実態を慎重に確認する必要があります。

本ケースでは、Aは代表権を失い、常勤業務と経営上の主要な地位から退きます。主要な経営判断は後継者Bが行います。

Aが一定期間の引継ぎ支援を行う場合にも、期間、業務内容、権限及び報酬を明確にします。名目上は退任していても、実質的にAが経営を続けている状態にしないためです。

現預金は5,000万円減り、税引後の純資産負担は3,500万円

本ケースでは、退職金5,000万円の全額を損金に算入でき、T社には損金を利用できるだけの課税所得があり、説明用の実効税率を30%と仮定します。

  • 税負担の減少額:5,000万円×30%=1,500万円
  • 退職金の税引後負担:5,000万円-1,500万円=3,500万円

退職金支給前の帳簿純資産が1億2,000万円であれば、説明用の支給後帳簿純資産は8,500万円です。

  • 1億2,000万円-3,500万円=8,500万円
  • 8,500万円÷2,000株=1株当たり4万2,500円

一方、退職金支給時には、現預金が5,000万円流出します。現預金は1億5,000万円から1億円になります。

したがって、「現預金が5,000万円減ること」と「税効果を考慮した純資産負担が3,500万円になること」は分けて確認します。

1株4万2,500円は、支給後の帳簿純資産を2,000株で割った金額です。税務評価額4万円及び経済価値5万5,000円とは目的が異なります。

会社に十分な課税所得がない場合や、退職金の一部が損金不算入となる場合には、税負担の減少額と支給後純資産も変わります。

第2段階―退職金支給後の税務評価を作り直す

退職金支給前のT社株式の税務評価額は、1株6万5,000円でした。

しかし、7月10日の退職金支給後は、現預金、利益及び純資産などが変化しています。支給前の会社資料に基づく6万5,000円を、9月30日の株式譲渡へそのまま使用しません。

本ケースでは、退職金支給を反映した8月31日現在の試算表があると仮定します。実際の取引では、評価時点、会社規模、株主区分、評価方式及び使用資料を確認し、税務評価額を計算し直します。

本ケースの支給後の税務評価額は、説明用に1株4万円と設定します。

この金額は、株式評価明細書による具体的な計算結果ではありません。

また、税務評価額4万円は、課税関係を検討するための重要な金額ですが、Bとの売買価格を自動的に4万円へ決める金額ではありません。

第3段階―退任後の経済価値を確認する

退職金支給前のT社株式の経済価値は、1株8万円でした。支給後の経済価値を更新する際には、主に二つの影響を確認します。

一つ目は、退職金支給による現預金の減少です。会社から5,000万円が流出するため、経済価値を引き下げる要素になります。

二つ目は、Aの退任後にT社がどの程度の利益を継続できるかです。

役員退職金は一回限りの支出であり、毎期5,000万円の費用が発生するわけではありません。そのため、退職金を計上した年度の利益だけでなく、退任後の平常的な収益力を確認します。

A個人との関係で主要取引先が取引を続けていた場合や、Aが営業、技術又は重要な意思決定を一人で担っていた場合には、退任後の収益力を下方修正する必要があります。

反対に、Bへの引継ぎが進み、取引先、従業員、技術及び業務手順が会社に定着していれば、Aの退任後も利益を維持できる可能性があります。

本ケースでは、AからBへの引継ぎが進み、退任後も主要取引先と利益をおおむね維持できるという前提を置きます。そのうえで、支給後の経済価値を説明用に1株5万5,000円と設定します。

この金額は、退職金額を株式数で割って機械的に控除したものでも、具体的な株価算定の結果でもありません。

第4段階―4万円、5万5,000円、5万円を比較する

退職金支給後に確認した三つの価格は、次のとおりです。

区分 1株当たり 1,400株の総額 答える問い
税務評価額 4万円 5,600万円 課税関係を確認するための価額はいくらか
経済価値 5万5,000円 7,700万円 T社と対象株式にどの程度の経済価値があるか
最終合意価格 5万円 7,000万円 当事者が今回どの条件で売買するか

三つの価格は、目的が異なります。

税務評価額4万円が計算されたからといって、必ず4万円で売買しなければならないわけではありません。経済価値5万5,000円も、今回の唯一の売買価格ではありません。

Bはすでに30%を保有しており、Aの70%を取得すると100%株主になります。少数株式を追加取得するだけではなく、すべての株式を保有する取引です。この点は、今回の価格を検討する要素になります。

ただし、100%取得を理由として、一定率の支配権プレミアムを機械的に上乗せするものではありません。T社の事業内容、株主構成、定款、A退任後の収益力及び取引条件を個別に確認します。

株式代金の支払時期、表明保証、競業避止及びAによる引継ぎ支援などの契約条件も、価格と合わせて検討します。

親族でなくても、税務上の確認は必要

AとBには親族関係がありません。

しかし、個人が個人から財産を著しく低い価額で取得した場合には、親族関係の有無にかかわらず、時価と支払価格との差額について贈与税の問題が生じる可能性があります。

したがって、「親族でないから贈与税は関係ない」「当事者が合意した価格なら必ず税務上の時価になる」とは判断しません。

親族関係のない当事者が、それぞれの利害に基づいて実際に価格交渉を行ったことは、価格形成を説明する重要な事情です。ただし、それだけで税務上の確認が不要になるわけではありません。

本ケースでは、税務評価額4万円、経済価値5万5,000円及び価格交渉の内容を比較し、税務評価額との差と経済価値との差の双方を説明できるようにします。

売主Aについては、株式代金7,000万円から取得費及び譲渡費用等を控除して株式譲渡所得を計算します。Aが退職金を受け取ったことと、株式譲渡で利益が生じるかどうかは別の問題です。

最終価格を1株5万円とした判断過程

最終価格は、次の三段階で決定しました。

1.支給後の二つの価格を確認した

本ケースでは、退職金の相当性とAの実質的な退任を確認し、支給後の試算表があるという前提を置きます。

税務評価額1株4万円、経済価値1株5万5,000円は、比較のために設定した説明用の数値です。

2.今回の取引条件を確認した

次に、次の事項を確認しました。

  • Bが1,400株を取得し、30%株主から100%株主になること
  • Aの退任後も主要取引先と利益をおおむね維持できる見込みであること
  • Bの支払可能性と支払条件
  • 株式譲渡契約の表明保証
  • Aの競業避止と引継ぎ支援
  • 非上場株式であり、第三者へ容易に換金できないこと

3.交渉結果として1株5万円に合意した

税務評価額と経済価値を比較し、取引条件を確認したうえで、AとBが価格交渉を行いました。

その結果、1株5万円、1,400株で総額7,000万円に合意しました。

5万円は、4万円と5万5,000円の単純平均ではありません。支給後の会社の状態、退任後の収益力、100%取得、支払条件、契約条件及び交渉を総合した結果です。

記録には、5万円を採用した理由だけでなく、税務評価額4万円をそのまま採用しなかった理由と、経済価値5万5,000円から調整した理由も残します。

売買前に残す資料

退職金支給と株式売買を近い時期に行う場合には、二つの取引と価格決定の過程を後から説明できるようにします。

退職金関係

  • 役員退職慰労金規程
  • 退職金の算定資料
  • 株主総会その他の議事録
  • Aの在任期間、職責及び退任前報酬が分かる資料
  • Aの退任前後の職務、権限及び報酬が分かる資料
  • 同業・同規模法人の支給状況を検討した資料
  • 退職金の振込記録

これらの資料により、退職金5,000万円の相当性、金額の確定時期及びAの退任の実態を説明します。

株価関係

  • 退職金支給前の決算書
  • 退職金支給後の月次試算表
  • 法人税申告書
  • 株式評価明細書
  • 株価算定書
  • 事業計画
  • A退任後の売上と利益の見通し
  • 主要資産の時価資料

これらの資料により、支給後の税務評価額と経済価値の評価時点、使用資料、前提及び算定結果を説明します。

売買関係

  • 売買前後の株主名簿
  • AとBの関係が分かる資料
  • 税務評価額、経済価値及び予定価格の比較表
  • 価格交渉の記録
  • Bの資金調達を確認する資料
  • 株式譲渡承認に関する議事録
  • 株式譲渡契約書
  • 株式代金の支払記録

これらの資料により、最終価格5万円の採用理由、支払条件、契約条件及び実際の資金移動を説明します。

譲渡制限株式の場合には、価格決定とは別に、定款で定められた承認機関による譲渡承認と株主名簿の書換えも行います。

まとめ―退職金支給後の低い評価額だけで価格を決めない

役員退職金を支給した後に株式を売る場合は、支給前の株価をそのまま使用せず、支給後の会社を基準に税務評価額と経済価値を更新します。

本ケースでは、税務評価額は1株6万5,000円から4万円へ、経済価値は1株8万円から5万5,000円へ低下しました。

ただし、この2万5,000円の低下は、本ケースで設定した評価額の差です。退職金額を株式数で割った金額が、常にそのまま株価下落額になるわけではありません。

最終合意価格は1株5万円、1,400株で7,000万円です。税務評価額と経済価値を単純平均した金額ではなく、退任後の収益力、100%取得、支払条件、契約条件及び当事者間の交渉を踏まえた価格です。

退職金、税務評価額、経済価値及び最終合意価格を分けて検討し、採用した価格と採用しなかった価格の理由を資料として残すことが重要です。

※本記事の会社、当事者、株数、金額及び日付は、考え方を説明するための架空の設定です。実際の役員退職金の損金算入、税務上の時価、株式の経済価値、贈与税、所得税その他の課税関係は、会社の財務内容、株主構成、当事者関係、評価時点、退任の実態及び取引条件によって異なります。

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