GENERAL GUIDE 18
役員退職金を支給すると非上場株式の株価は下がるのか
「事業承継の前に社長へ役員退職金を支給すれば、その分だけ会社の株価も下がるのでしょうか」
非上場会社の事業承継では、このような相談があります。
役員退職金を支給すると、会社から現金が流出するため、一般には株価を引き下げる方向に働きます。しかし、退職金4,800万円を支給し、発行済株式数が12,000株だからといって、「4,800万円÷12,000株=4,000円」がそのまま1株当たりの株価下落額になるわけではありません。
退職金がどこまで損金になるか、どの評価方式を使うか、いつの時点で評価するか、代表者の退任後も会社が同じ利益を生み出せるかによって、結果は変わります。
さらに、税務上の評価額が下がったことと、その金額で実際に株式を売買してよいことは別の問題です。
本記事では、退職金支給による影響を「会社の税引後負担」「税務上の株価」「経済的な株式価値」「実際の売買価格」の順に整理します。
結論―退職金額と株価の下落額は通常一致しない
役員退職金を支給したときの株価は、退職金の額だけを見て決めることはできません。
まず、会社から流出する現金と、損金算入による税負担の減少を反映した会社の実質負担は異なります。
次に、非上場株式の税務評価には、類似業種比準方式、純資産価額方式、両方式の併用などがあります。退職金は利益と純資産へ異なる形で影響するため、評価方式によって株価の動きも異なります。
また、DCF法などで経済的な株式価値を検討する場合には、一回限りの現金流出と、代表者退任後の将来収益力を分けます。
最後に、実際の売買価格は、税務評価額だけでなく、売主・買主、売買株式数、取得後の持株割合、支払条件および取引目的を踏まえて決めます。
したがって、役員退職金の支給前後では、次の四つを別々に確認します。
- 損金算入と税負担の減少を反映した会社の実質負担
- 退職金支給後の税務上の株価
- 退任後の収益力を反映した経済的な株式価値
- 当事者と取引条件を踏まえた実際の売買価格
まず、役員退職金と株式の買取代金を分ける
役員退職金の支給と株式の移転は、同じ事業承継の過程で近い時期に行われることがあります。しかし、両者は別の取引です。
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| 区分 | 役員退職金 | 株式の買取代金 |
|---|---|---|
| 支払者 | 会社 | 会社、後継者その他の買主 |
| 受取人 | 退任する役員 | 株式を譲渡する株主 |
| 金額の根拠 | 在任期間、職責、退職事情、支給規程、類似法人の支給状況など | 税務評価、経済価値、持株割合、当事者関係、取引条件など |
| 主な確認事項 | 過大性、損金算入時期、実質的な退職 | 時価、課税関係、価格決定過程、支払条件 |
退任する代表者が株主でもある場合、同じ人が退職金と株式代金の両方を受け取ることがあります。それでも、退職金の支給額が適正であることと、株式の売買価格が適正であることは同じではありません。
それぞれについて、決議、契約、支払、税務上の検討および金額の決定過程を分けて残します。
説明用モデル―退職金4,800万円を支給するS社
ここでは、役員退職金が株価へ与える影響を確認するため、架空のS社を使用します。
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| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 発行済株式数 | 12,000株 |
| 退任者 | 創業者である代表取締役A |
| 在任期間 | 25年 |
| 退任の内容 | 代表権と常勤業務から実質的に退く |
| 役員退職金 | 4,800万円 |
| 支給前の現預金 | 1億6,000万円 |
| その他の資産 | 2億6,000万円 |
| 負債 | 1億2,000万円 |
| 支給前の帳簿純資産 | 3億円 |
| 平常時の年間営業利益 | 3,600万円 |
| 退職金控除前の課税所得 | 7,000万円 |
| 説明用の実効税率 | 30% |
これらは実在する会社の数値ではありません。実効税率30%も、会社の正確な税率を示すものではなく、税効果を説明するための仮定です。
退職金4,800万円を支給すると、現預金は1億6,000万円から1億1,200万円へ減少します。税効果を考慮しなければ、帳簿純資産は3億円から2億5,200万円になります。
支給前の1株当たり帳簿純資産は2万5,000円です。
3億円÷12,000株=2万5,000円
税効果を考慮しない支給後の1株当たり帳簿純資産は2万1,000円です。
2億5,200万円÷12,000株=2万1,000円
この単純計算では1株当たり4,000円下がります。ただし、これは株価検討の出発点にすぎません。
第1段階―会社の税引後負担を確認する
会社から支払う現金は4,800万円ですが、会社の実質負担は、退職金が税務上どこまで損金に算入されるかによって変わります。
役員退職給与のうち不相当に高額な部分は、税務上の損金に算入されません。金額の妥当性を検討する際には、役員の在任期間、職責、退職の事情、同種事業・類似規模法人の支給状況などを確認します。
功績倍率を使って計算していても、その計算だけで全額の損金算入が確定するわけではありません。役員退職慰労金規程、最終報酬月額、在任期間、役位、職責および過去の支給実績などをそろえ、金額の合理性を説明できるようにします。
実質的に退職しているかも重要です。代表取締役を退任した後も代表権を持ち、常勤で経営判断を続け、報酬もほとんど変わらない場合には、実質的な退職といえるかを確認する必要があります。
S社では、創業者Aが代表権と常勤業務から実質的に退き、経営権を後継者へ移すことを前提とします。
仮に、退職金4,800万円の全額が損金に算入され、課税所得が十分にあり、30%相当の税負担減少が実現すると、説明上の税負担減少額は1,440万円です。
4,800万円×30%=1,440万円
この場合、会社の税引後負担は3,360万円となります。
4,800万円-1,440万円=3,360万円
損金算入の範囲が異なる場合を比較すると、次のようになります。
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| シナリオ | 損金算入額 | 税負担減少の説明値 | 税引後負担 | 1株当たり帳簿純資産の減少額 |
|---|---|---|---|---|
| A 全額損金 | 4,800万円 | 1,440万円 | 3,360万円 | 2,800円 |
| B 半額だけ損金 | 2,400万円 | 720万円 | 4,080万円 | 3,400円 |
| C 税効果を直ちに見込まない | 0円相当 | 0円 | 4,800万円 | 4,000円 |
シナリオCは、退職金が必ず損金不算入になるという意味ではありません。欠損がある場合、税効果の実現が後になる場合、株価検討時点で損金算入の可否が確定していない場合などに、税負担の減少を直ちに織り込まない説明用のケースです。
この比較から分かるのは、退職金額を株式数で割る前に、退職の実態、退職金額の合理性、損金算入額および税効果を確認する必要があるということです。
第2段階―税務上の株価を評価方式ごとに計算する
会社の税引後負担が分かっても、税務上の1株当たり評価額が自動的に決まるわけではありません。
取引相場のない株式では、会社規模や株主区分などに応じて、類似業種比準方式、純資産価額方式、両方式の併用、配当還元方式などを検討します。
純資産価額方式への影響
純資産価額方式では、課税時期における会社の資産と負債を確認し、一定の評価替えなどを行って1株当たりの純資産価額を計算します。
帳簿上の純資産を発行済株式数で割るだけでは、税務上の純資産価額にはなりません。
役員退職金との関係では、次の事項を確認します。
- 評価時点で退職金債務が具体的に確定しているか
- 退職金が未払なのか、すでに支払われているのか
- 支給後の現預金残高はいくらか
- 法人税等の未払額や税負担の減少をどう反映するか
- 土地や有価証券などに含み損益があるか
- 評価差額に対する法人税額等相当額がどう変わるか
以下では、評価方式による影響の違いを示すため、純資産価額方式による評価額を支給前2万6,400円、支給後2万3,300円と仮定します。この仮定では、下落額は3,100円です。これらの評価額は、S社の評価明細を計算して導いた数値ではありません。
この金額は、退職金の単純割額4,000円とも、税効果反映後の帳簿純資産の減少額2,800円とも一致しません。現預金だけでなく、資産・負債の評価や法人税額等相当額を含めて再計算するためです。
類似業種比準方式への影響
類似業種比準方式では、評価会社の1株当たりの配当金額、利益金額および純資産価額を、類似業種の数値と比較します。
役員退職金は、損金に算入される範囲や評価に使用する事業年度との関係で、利益要素へ影響する可能性があります。また、税引後利益を通じて純資産要素にも影響します。
一方、配当実績が変わらなければ、配当要素は利益や純資産と同じようには動きません。このため、退職金支給額と類似業種比準価額の下落額は一対一で対応しません。
同様に、類似業種比準方式による評価額を支給前1万8,600円、支給後1万6,800円と仮定します。この仮定では、下落額は1,800円です。これらも具体的な比準計算から導いた数値ではありません。
併用方式と株主区分
S社を中会社と仮定し、類似業種比準価額を60%、純資産価額を40%使用すると、説明用の併用価額は次のようになります。
- 支給前:1万8,600円×60%+2万6,400円×40%=2万1,720円
- 支給後:1万6,800円×60%+2万3,300円×40%=1万9,400円
- 下落額:2,320円
この下落額も、帳簿純資産の下落額2,800円や、退職金の単純割額4,000円とは一致しません。
また、一定の同族株主以外の株主等について配当還元方式を使用する場合には、退職金支給の影響が原則的評価方式と同じ形で表れるとは限りません。
実際の評価では、会社規模、株主区分、使用する事業年度および特定評価会社への該当性などを確認し、退職金支給後の株式評価明細書を作り直します。
第3段階―経済的な株式価値を見直す
DCF法などで経済的な株式価値を検討する場合には、退職金の影響を次の二つに分けます。
- 一回限りの支払による余剰現預金またはネットキャッシュの減少
- 代表者の退任が将来キャッシュ・フローへ与える影響
役員退職金は通常、一回限りの支出です。退職金4,800万円を毎年の費用として将来キャッシュ・フローから繰り返し控除するものではありません。
S社が退任後も平常時の年間営業利益3,600万円を維持できるのであれば、主な直接的影響は、税引後の現金流出による株式価値の減少です。
経済的な株式価値についても、支給前3万5,000円、支給後3万2,200円と仮定します。この仮定では下落額は2,800円ですが、DCF法などによる具体的な算定結果を示すものではありません。
一方、創業者Aの信用、営業力、技術または主要取引先との関係に会社が依存している場合には、退任後の売上や利益が低下する可能性があります。その場合には、現金流出とは別に将来キャッシュ・フローを見直します。
反対に、後継者への引継ぎによって属人性が低下し、経営の継続性が高まる場合には、退任が事業価値に与える影響が単純なマイナスだけになるとは限りません。
支給前後の金額をまとめると、同じ退職金を反映しても下落額は次のように異なります。
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| 区分 | 支給前 | 支給後 | 下落額 |
|---|---|---|---|
| 1株当たり帳簿純資産 | 25,000円 | 22,200円 | 2,800円 |
| 純資産価額方式による説明用評価額 | 26,400円 | 23,300円 | 3,100円 |
| 類似業種比準方式による説明用評価額 | 18,600円 | 16,800円 | 1,800円 |
| 説明用の併用価額 | 21,720円 | 19,400円 | 2,320円 |
| 経済的な株式価値 | 35,000円 | 32,200円 | 2,800円 |
これらは正式な税務評価や株価算定の結果ではありません。評価方法によって退職金の影響が異なることを示すための架空の数値です。
支給前後のどの時点で評価するか
退職金支給と株式移転が近い時期に行われる場合には、決議、退任、支払、決算および株式移転の日付を並べます。
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| 時点 | 出来事 | 株価検討上の確認 |
|---|---|---|
| 3月31日 | 前期決算日 | 退職金支給前の確定決算 |
| 5月20日 | 株主総会等で退職金額を決議 | 債務の具体的確定と損金算入時期 |
| 6月30日 | 代表取締役Aが退任 | 実質的な退職の有無 |
| 7月10日 | 退職金4,800万円を支払 | 現預金流出の完了 |
| 8月31日 | 支給後の試算表を作成 | 支給後の資産・負債・利益・税負担 |
| 9月30日 | 株式移転を予定 | 今回の取引で確認すべき価額 |
3月31日の決算書には、7月10日の退職金支給後の現預金残高は反映されていません。9月30日に株式を移転するのであれば、前期決算書だけでなく、支給後の試算表などを使って会社の状態を確認します。
また、5月20日に退職金額を決議しただけの段階と、6月30日に実質的に退任し、7月10日に支払が完了した段階では、確定している事実が異なります。
評価日、決議日、退任日、支払日、決算日および株式譲渡日を区別し、どの時点の事実と財務数値を使用したのかを記録します。
第4段階―税務評価額と実際の売買価格を分ける
退職金支給後に税務上の株価が下がっても、その金額がそのまま実際の株式売買価格になるわけではありません。
税務上の評価額は、相続・贈与その他の税務上の目的に応じて計算する価額です。経済的な株式価値は、会社の資産、負債、収益力、将来性および支配権などを踏まえて検討します。実際の売買価格は、これらに取引条件を加えて当事者が合意する価格です。
したがって、S社の説明用併用価額が退職金支給後に1株1万9,400円となっても、その価格で後継者へ売ればよいと自動的に判断することはできません。
少なくとも、次の三点を確認します。
- 誰が誰から株式を取得するのか
- 何株を取得し、取引後の持株割合がどう変わるのか
- 税務評価額、経済価値および予定価格の差をどう説明するのか
少数株式の移転と、経営権を取得する株式の移転では、買主にとっての意味が異なります。また、親族間、個人と法人の間、会社による自己株式取得など、当事者の組合せによって確認すべき税務も異なります。
退職金支給と株式移転が短期間に連続する場合には、退職金の算定根拠、実質的退任、株価の評価時点、使用した評価方法および売買価格の決定過程を、一連の資料として説明できるようにします。
退職金支給と株式移転の前にそろえる資料
必要な資料は、何を確認するためのものかによって三つに分けます。
退職金額と退職の実態を確認する資料
- 株主総会議事録または取締役会議事録
- 役員退職慰労金規程
- 退職金の算定資料
- 在任期間、役位、報酬および職務内容が分かる資料
- 類似法人や過去の支給実績を検討した資料
- 退任前後の代表権、勤務状況および報酬が分かる資料
- 退職金の振込記録
支給後の会社の状態を確認する資料
- 直近の決算書
- 法人税申告書
- 支給後の月次試算表
- 資金繰り表
- 預金残高が分かる資料
- 土地や有価証券などの時価資料
- 法人税申告調整と税効果の検討資料
- 退任後の事業計画と収益見通し
株価と取引条件を確認する資料
- 支給前後の株式評価明細書
- 株価算定書
- 株主名簿
- 売主、買主、売買株式数および取引前後の持株割合
- 株式譲渡契約書案
- 価格を決定した社内記録
評価額の計算結果だけでなく、退職金額、退職の事実、評価時点、将来収益力および売買価格を決めた過程まで残すことが重要です。
まとめ―退職金を払えば株価を自由に下げられるわけではない
役員退職金を支給すると、会社の現預金と純資産は減少する方向に動きます。しかし、退職金の支給額と非上場株式の株価下落額は通常一致しません。
まず、退職金額の合理性と実質的な退職を確認し、損金算入と税負担の減少を反映した会社の実質負担を計算します。
そのうえで、会社規模や株主区分に応じて税務上の株価を再計算し、退任後の収益力を踏まえて経済的な株式価値を見直します。
退職金支給後に税務上の評価額が下がっても、その金額が当然に株式の売買価格になるわけではありません。支給前後の税務評価額、経済的な株式価値および予定価格を並べ、売主・買主、持株割合、取引目的および時点に応じて検討します。
※本記事の数値は、役員退職金が株価へ与える影響を説明するための架空のモデルです。実際の損金算入額、税負担、税務上の株価、経済価値および売買価格は、会社の財務内容、退任の実態、株主構成、評価時点、取引当事者その他の事情によって異なります。
役員退職金支給後の株価を相談する
退職金支給前後の税務評価、経済価値及び予定価格を整理します。
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