CASE 12
意向表明は4億8,000万円、税務評価は1億6,000万円
M&A価格が大きく違ったケース
M&Aの意向表明書に記載された株式価格が、税務上の評価額の3倍になっていました。
どちらかが直ちに誤りというわけではありません。確認すべきなのは、それぞれの価格が何を目的とし、どのような前提で計算されたのかです。
今回は、財務デューデリジェンス後に前提を見直し、最終的に3億7,000万円で合意したケースを紹介します。
税務評価額、意向表明価格、財務DD後の価格は、それぞれの目的と前提を分けて検討することが重要です。
相談時には3億2,000万円の価格差があった
X社の創業者Aさんは、後継者がいなかったため、第三者であるY社へ全株式を譲渡することにしました。
Y社から提出された意向表明書には、株式100%の取得価格として4億8,000万円が記載されていました。1株当たりでは4,800円です。
一方、相続税・贈与税で用いる評価方法を参考に計算した株価は、1株当たり1,600円、総額1億6,000万円でした。
Aさんからの相談は、「同じ株式なのに3倍も違ってよいのか」「税務評価額に近づける必要はないのか」というものでした。
なお、本記事の会社、人物、金額、持株関係その他の条件は、すべて説明用に設定した架空のものです。
意向表明価格には買収後の期待が含まれていた
最初に確認したのは、Y社が4億8,000万円を提示した理由です。
意向表明書と事業計画を確認すると、提示価格には次の前提が含まれていました。
- X社の株式を100%取得し、経営権を確保する
- X社の販売網をY社の商品販売に利用する
- 重複する管理業務を統合して経費を削減する
- 買収後も現在の利益水準が続く
- 大規模な設備投資は当面発生しない
つまり、4億8,000万円は現在の決算書だけから計算された価格ではありません。経営権の取得価値や、買収後に期待される相乗効果まで含む価格でした。
これに対して1億6,000万円は、一定の税務上の評価方法に基づいて計算した金額です。計算の目的も前提も異なるため、両者が一致しないこと自体は不自然ではありません。
ただし、意向表明価格は財務デューデリジェンス前の暫定価格でした。そこで、4億8,000万円の根拠となった利益や事業計画が実現可能かを確認することにしました。
財務DDで価格の前提を一つずつ確認した
財務デューデリジェンスでは、過去の決算数値を確認するだけでなく、提示価格の前提が維持できるかを調べました。
その結果、主に3つの見直し事項が見つかりました。
1つ目は、直近の売上高に一時的な大型案件が含まれていたことです。毎期継続する取引ではなかったため、将来の売上予測から一部を除く必要がありました。
2つ目は、主要設備の更新です。意向表明時には大規模な投資を見込んでいませんでしたが、数年以内に相応の更新費用が必要になることが分かりました。
3つ目は、利益率の見通しです。事業計画では買収後すぐに経費削減効果が出る想定でしたが、統合には一定の期間と費用がかかると判断されました。
一方で、顧客基盤や販売網の価値は確認できました。価格を全面的に否定するのではなく、維持できる前提と修正すべき前提を分けて整理しました。
DCF等による検討額は3億4,000万円から4億円だった
財務デューデリジェンスの結果を反映し、将来の収益力を基礎とするDCF法などで企業価値を再検討しました。
DCF法とは、将来生み出すと見込まれるキャッシュフローを、現在の価値に換算して企業価値を計算する方法です。
売上予測、設備投資、利益率、相乗効果の実現時期について複数の条件を置いた結果、株式価値はおおむね3億4,000万円から4億円の範囲となりました。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールしてご覧いただけます。
| 価格 | 金額 | 主な位置づけ |
|---|---|---|
| 税務評価額 | 1億6,000万円 | 税務上の評価方法による参考額 |
| 意向表明価格 | 4億8,000万円 | 財務DD前の前提と買収後の期待を含む暫定価格 |
| 財務DD後の検討額 | 3億4,000万円~4億円 | 修正後の事業計画などに基づく価格帯 |
税務評価額が売買価格の下限になるわけでも、意向表明価格がそのまま最終価格になるわけでもありません。それぞれの価格の役割を分けたことで、交渉すべき範囲が明確になりました。
最終的に3億7,000万円で合意した
交渉では、Y社が当初想定していた利益の一部を修正する一方、X社の顧客基盤や100%の経営権を取得する価値は維持されました。
その結果、最終的な株式譲渡価格は1株当たり3,700円、総額3億7,000万円となりました。
当初の4億8,000万円からは減額されましたが、税務評価額である1億6,000万円まで引き下げたわけではありません。
税務評価額、財務DD前の提示価格、財務DD後の企業価値を混同せず、それぞれの計算目的と前提を確認したことが、合意価格を説明する根拠になりました。
税務上は当事者関係と価格決定の経緯を確認した
本件の売主は個人株主、買主は資本関係のない第三者法人でした。
売主であるAさんについては、実際の株式譲渡価格を基礎として譲渡所得を計算します。そのため、取得費を確認できる資料や譲渡費用の整理も必要でした。
また、第三者間の交渉で決まった価格であっても、金額だけを記録しておけばよいわけではありません。本件では、次の資料を保存しました。
- Y社の意向表明書
- 意向表明価格の前提となった事業計画
- 財務デューデリジェンス報告書
- DCF法等による価格検討資料
- 価格変更の理由を整理した交渉記録
- 最終的な株式譲渡契約書
これにより、なぜ税務評価額とは異なる価格で売買したのか、なぜ意向表明価格から減額したのかを後から説明できるようにしました。
このケースから分かること
M&Aの意向表明価格と税務上の評価額が大きく違っていても、金額だけを比べて適否を判断することはできません。
今回のケースでは、税務評価額が1億6,000万円、意向表明価格が4億8,000万円、財務デューデリジェンス後の合意価格が3億7,000万円となりました。
重要だったのは、株式の取得範囲、経営権、相乗効果、意向表明時の利益や設備投資の前提、財務DD後の事業計画を順番に確認したことです。
税務評価額をそのまま売買価格にするのでも、買主の提示価格を無条件に受け入れるのでもありません。
複数の価格が示されたときは、それぞれの目的と前提を整理し、財務調査の結果を価格交渉へつなげることが重要です。
当事務所では、非上場株式の税務評価に加え、DCF法等による企業価値評価、財務デューデリジェンス、価格差の整理、交渉資料の作成まで一体として対応しています。