CASE 09
資産管理会社へ非上場株式を移したい
相続税評価額で売ってよい?
オーナー個人が保有する非上場株式を、資産管理会社へ移したいという相談があります。
このとき、相続税申告などで計算した株価を、そのまま売買価格に使ってよいとは限りません。
今回は、相続税評価額を売買価格として検討していた事例をもとに、どのように判断すべきかを整理します。
個人から法人への株式移転では、売主と法人双方の課税に加え、移転後の支配関係まで確認する必要があります。
相続税評価額1,500円での移転を検討していた
X社の創業者であるA氏は、自身が保有するX社株式の一部を、資産管理会社であるY社へ移したいと考えていました。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールしてご覧いただけます。
| X社株式 | A氏80%、長男20% |
|---|---|
| Y社株式 | A氏60%、長男40% |
| 移転する株式 | X社株式の30% |
| 移転後 | A氏50%、長男20%、Y社30% |
| 相続税評価額 | 1株1,500円 |
| 売主側の税務上の時価試算 | 1株2,400円 |
| 経済価値を踏まえた試算 | 1株2,800~3,200円 |
A氏は「相続税評価額が1株1,500円なので、その価格でY社へ売ればよいのではないか」と考えていました。
しかし、今回の取引では、1株1,500円をそのまま採用して進めるべきではないと判断しました。
なお、本記事の会社、人物、金額、持株関係その他の条件は、すべて説明用に設定した架空のものです。
相続税評価額と売買時の時価は同じとは限らない
相続税評価額は、相続税や贈与税を計算するための評価額です。
一方、今回の取引は、個人であるA氏から法人であるY社への売買です。売主の所得税と買主の法人税を検討するため、相続税評価額を計算したときとは異なる立場や前提を確認しなければなりません。
実際に試算すると、相続税評価額は1株1,500円でしたが、売主側の税務上の時価は1株2,400円となりました。さらに、会社の収益力や保有資産などを踏まえた経済価値は、1株2,800~3,200円と試算されています。
「税務上の評価額がある」というだけでは、今回の売買価格を決める根拠として十分ではありません。誰から誰への売買なのか、どの税目を検討するのかによって、確認すべき価格が変わるためです。
非上場株式の取引価格を決める際の基本的な考え方は、関連記事「税務評価とDCFが違うとき、非上場株式の売買価格はどう決める?」で詳しく説明しています。
1株1,500円で売る場合、A氏の所得税も確認する
個人が法人へ株式を売ると、原則として売却代金から取得費などを差し引いて譲渡所得を計算します。
ただし、時価より著しく低い価格で法人へ売却した場合、実際に受け取った代金ではなく、時価で譲渡したものとして課税されることがあります。
今回、売主側の時価を1株2,400円とすると、予定価格1,500円は時価の62.5%です。形式上は2分の1以上ですが、それだけで問題がなくなるわけではありません。
Y社はA氏と長男が保有する同族会社です。価格差の理由や取引目的によっては、同族会社等の行為計算否認を含めた検討が必要になるためです。
したがって、「時価の2分の1以上だから安全」と判断するのではなく、1株1,500円で売却する合理的な理由があるかを確認する必要があります。
2分の1基準の注意点は、関連記事「『時価の2分の1以上なら安全』は本当か」で解説しています。
Y社にも法人税の問題が生じる
確認が必要なのは、売主であるA氏だけではありません。
Y社が時価より低い価格でX社株式を取得したと判断されると、時価と購入価格との差額が受贈益として法人税の対象になることがあります。
たとえば、時価を1株2,400円、購入価格を1株1,500円と判断すれば、1株当たり900円の差額が生じます。取得株式数が多ければ、法人側の課税額も大きくなります。
A氏が実際に受け取る代金を抑えても、そのまま税負担が小さくなるとは限りません。個人側と法人側を合わせた税負担を試算する必要があります。
株式を移した後の支配関係も確認する
今回の移転後、X社株式の保有割合は、A氏50%、長男20%、Y社30%となります。
A氏の直接保有割合は80%から50%へ下がりますが、Y社株式の60%を保有しているため、実質的な支配関係は単純ではありません。
また、移転後はX社からY社へ配当を行うことや、将来Y社株式を長男へ承継することも想定されていました。
- X社とY社の議決権を誰が実質的に行使するか
- X社からY社へ配当する合理的な目的があるか
- Y社が株式の購入資金をどのように準備するか
- A氏から長男への承継にどのような影響があるか
- 将来、X社株式やY社株式をどのように処分するか
資産管理会社への移転は、株価だけを決めれば完了する取引ではありません。移転後の管理や承継まで含めて設計する必要があります。
この事例での判断
この事例では、相続税評価額である1株1,500円では売買を進めず、次の手順で再検討することにしました。
- 資産管理会社へ移す目的を明確にする
- 売主側と法人側の時価を整理する
- 複数の候補価格について双方の税負担を試算する
- 移転後の議決権、配当、承継への影響を確認する
- 採用した価格と判断理由を資料として残す
必要資料として、X社とY社の株主名簿、直近数期の決算書・申告書、A氏の株式取得価額が分かる資料、株価算定書、資金計画、売買契約書、議事録などをそろえます。
最終的な価格は、相続税評価額、所得税上の時価、経済価値のいずれか一つだけで機械的に決めるのではなく、取引目的と課税関係を踏まえて決定します。
このケースから分かること
オーナー個人の非上場株式を資産管理会社へ移す場合、相続税評価額をそのまま売買価格に使えるとは限りません。
安い価格で移せば資金負担を抑えられるように見えますが、売主には時価による課税、法人には受贈益の課税が生じることがあります。
さらに、移転後の議決権、配当、資金調達、将来の承継まで確認しなければ、当初の目的を実現できない可能性もあります。
価格を先に決めず、移転目的、双方の課税、移転後の支配関係を整理してから、採用価格とその根拠を記録することが重要です。
当事務所では、非上場株式の税務評価に加え、資産管理会社への移転方法、売主・買主双方の課税試算、価格決定資料の作成まで一体として対応しています。