CASE 13
DCF評価は1株300円、現預金は1億円
事業価値をそのまま株価にしてよい?
DCF法による評価結果が1株300円でも、それが最終的な株式価値とは限りません。
今回のケースでは、DCF法で算定した事業価値だけを発行済株式数で割っていました。余剰現預金と有利子負債を反映すると、1株当たりの株式価値は300円ではなく1,000円になります。
重要なのは、「DCF法で算定した金額が何を表しているのか」を確認することです。
相談内容―現預金1億円の会社が1株300円と評価された
ある非上場会社の株式を譲渡するため、DCF法による株価算定が行われました。
- DCF法による事業価値:3,000万円
- 発行済株式数:10万株
- 1株当たりの金額:300円
事業価値3,000万円を10万株で割った計算です。
ところが、この会社は現預金を1億円保有していました。有利子負債は1,000万円です。
「現預金だけで1億円ある会社の株式価値が、会社全体で3,000万円というのはおかしくないか」という相談でした。
なお、本記事の会社、人物、金額、持株関係その他の条件は、すべて説明用に設定した架空のものです。
問題はDCF法ではなく、事業価値をそのまま株価にしたこと
DCF法では、一般に、事業が将来生み出すフリーキャッシュフローを現在価値に割り引いて事業価値を算定します。
しかし、会社の株主に帰属する価値を求めるには、事業価値だけでなく、会社が保有する非事業用資産や有利子負債なども確認しなければなりません。
株式価値=事業価値+非事業用資産-有利子負債等
今回提示された1株300円は、DCF法で算定した事業価値を株数で割っただけの金額でした。余剰現預金も有利子負債も反映されていないため、株式価値まで計算した結果とはいえません。
DCF法の基本的な考え方は「DCF法とは―将来キャッシュフローから非上場株式の価値を考える」で解説しています。
300円から1,000円になる計算
現預金1億円の全額を加算できるわけではありません。
検討の結果、この会社が事業を続けるために必要な現預金を2,000万円、これを超える余剰現預金を8,000万円と判断したものとします。
※スマートフォンでは、表を横にスクロールしてご覧いただけます。
| 計算項目 | 金額 | 1株当たり |
|---|---|---|
| DCF法による事業価値 | 3,000万円 | 300円 |
| 余剰現預金を加算 | 8,000万円 | 800円 |
| 有利子負債を控除 | △1,000万円 | △100円 |
| 株式価値 | 1億円 | 1,000円 |
計算式は次のとおりです。
事業価値3,000万円+余剰現預金8,000万円-有利子負債1,000万円=株式価値1億円
発行済株式数は10万株であるため、1株当たりの株式価値は1,000円です。
当初の300円との差額700円は、DCF法そのものによって生じたものではありません。事業価値から株式価値への調整が行われていなかったことによる差です。
現預金の全額が余剰資金とは限らない
会社が現預金を1億円持っていても、その全額を事業価値に加算することはできません。
会社には、仕入代金、給与、賞与、税金などを支払うための資金が必要です。設備投資や売上の季節変動に備えて、一定の現預金を確保しておかなければならないこともあります。
そのため、現預金を次の二つに分けて検討します。
- 事業を継続するために必要な現預金
- 事業に直ちに必要ではない余剰現預金
必要な現預金まで非事業用資産として加算すると、事業価値に含まれている価値を重ねて評価する可能性があります。
余剰現預金の金額は、決算日の残高だけでは判断できません。月次の資金繰り、過去の最低残高、運転資金、納税予定、設備投資計画などを踏まえて判断します。
現預金以外にも調整項目がないか確認する
事業価値から株式価値を求める際は、現預金と借入金だけでなく、次のような項目も確認します。
- 投資有価証券
- 事業に使用していない土地や建物
- 保険積立金
- 関係会社株式や貸付金
- 役員借入金
- 簿外債務や将来発生が見込まれる支出
これらの項目は、貸借対照表の金額を機械的に加減するものではありません。
たとえば、投資有価証券には含み損益が生じていることがあります。貸付金は全額回収できるとは限りません。遊休不動産についても、帳簿価額と時価が異なる可能性があります。
各資産・負債の実態を確認したうえで、株式価値への反映額を決める必要があります。
DCF評価と税務上の株価は別に確認する
DCF法による株式価値を計算できても、その金額をそのまま税務上の時価として採用できるとは限りません。
非上場株式の税務評価では、取引当事者、持株割合、会社規模などに応じて、類似業種比準方式、純資産価額方式、配当還元方式などが関係します。
また、相続税や贈与税で使用する評価額と、所得税や法人税において売買価格の妥当性を検討するための時価は、必ずしも同じ考え方ではありません。
- DCF法で算定した金額が事業価値か株式価値かを確認する
- 余剰現預金、非事業用資産、有利子負債等を反映する
- 1株当たりの株式価値を計算する
- 今回の取引における税務上の時価を別途確認する
経済的な株式価値と税務上の評価額に差があっても、直ちにどちらかが誤りということではありません。評価目的と計算前提の違いを確認することが重要です。
税務上の評価との関係は「非上場株式の時価とは」も参考になります。
最終的な売買価格はどう決めるか
株式価値が1株1,000円と算定されても、実際の売買価格が必ず1,000円になるとは限りません。
経営権が移る取引か、少数株式の売買かによって、株式の経済的な意味は変わります。譲渡制限や換金性、配当実績、買主候補の有無なども価格に影響します。
さらに、親族や同族会社などの関係者間で売買する場合は、時価との差額について贈与税、所得税または法人税が問題になる可能性があります。
少数株式であることや換金性が低いことを理由に価格を調整する場合も、減額の根拠と計算過程を残しておく必要があります。
価格決定の考え方は「非上場株式の取引価格はどう決めるか」で整理しています。
売買前に残しておきたい資料
- DCF法の計算資料
- 事業計画と資金繰り表
- 直近数期の決算書と申告書
- 現預金の月次推移
- 必要運転資金の計算資料
- 納税・設備投資の予定
- 余剰現預金と判断した根拠
- 有利子負債等の明細
- 非事業用資産の時価資料
- 税務上の株価算定資料
- 最終的な売買価格の決定理由
「現預金が多かったから加算した」という説明だけでは十分ではありません。なぜその金額を余剰現預金と判断したのかまで説明できる状態にしておくことが大切です。
このケースから分かること
DCF法による事業価値が低くても、会社が余剰現預金や非事業用資産を保有していれば、株式価値は高くなることがあります。
今回のケースでは、DCF法による事業価値だけを株数で割った1株300円に、余剰現預金と有利子負債を反映した結果、1株当たりの株式価値は1,000円になりました。
ただし、現預金の全額を加算できるわけではありません。事業に必要な現預金と余剰現預金を区別し、ほかの非事業用資産や負債も確認する必要があります。
「DCF法で計算したから正しい」と考えるのではなく、事業価値から株式価値まで計算されているか、税務上の時価が別途確認されているかを確かめることが重要です。
当事務所では、DCF法による事業価値の算定だけでなく、余剰現預金や非事業用資産、有利子負債等を反映した株式価値の算定、税務上の株価との比較、価格決定資料の作成まで一体として対応しています。