CASE 18

簿価5,000万円、時価3億円の土地―帳簿純資産で株式を売ってよい?

「決算書の純資産が1億円なので、会社の全株式も1億円で売ればよいでしょうか」

含み益のある不動産を持つ非上場会社では、帳簿純資産だけで株式の売買価格を決めると、現在の会社価値を大きく見誤ることがあります。

今回の会社が保有する土地は、帳簿価額5,000万円に対し、現在の通常の取引価額の参考値が3億円でした。帳簿には表れていない差額は2億5,000万円です。

したがって、帳簿純資産1億円をそのまま株式の価格にすることはできません。

一方で、帳簿純資産1億円に土地の含み益2億5,000万円を足し、3億5,000万円で売ればよいとも限りません。土地を売却した場合の税負担、事業での利用状況、会社の収益力、取得する株式数及び経営権の移転も考える必要があるからです。

このケースでは、五つの価格を区別して比較し、最終的に全株式を2億7,000万円で売買しました。

相談内容―帳簿純資産1億円で全株式を売りたい

X社は、創業者Aが全1,000株を保有する非上場会社です。

Aは経営から退き、約15年前に外部から入社し、取締役を経て代表取締役となった後継経営者Bへ全株式を譲渡することにしました。

AとBには、親族関係その他の特殊関係はありません。Bは譲渡前にはX社株式を保有しておらず、譲渡後は100%株主となります。

X社の決算書に計上されていた主な資産と負債は、次のとおりです。

項目帳簿価額
土地5,000万円
その他の資産1億円
負債△5,000万円
帳簿純資産1億円

Aは当初、帳簿純資産1億円を全1,000株で割り、1株10万円でBへ売ることを考えていました。

しかし、本社兼倉庫として長年使用してきた土地には、多額の含み益がありました。土地を帳簿価額のまま扱えば、その含み益を価格へ反映しないまま、全株式と経営権をBへ移すことになります。

そこで、1億円という予定価格をいったん止め、土地の現在価値から順に確認しました。

土地の簿価と現在価値を確認した

土地について確認した数字は、次の三つです。

  • 帳簿価額:5,000万円
  • 通常の取引価額の参考値:3億円
  • 差額:2億5,000万円

固定資産台帳、不動産の登記事項証明書、取得時の契約書、固定資産税評価証明書、路線価資料及び不動産会社の査定資料を確認しました。

土地は取得時から本社兼倉庫用地として使用されていました。周辺の土地価格は取得後に上昇していましたが、決算書では取得時の金額を基礎とする5,000万円で計上されています。

査定資料などから、現在の通常の取引価額の参考値を3億円と整理しました。

3億円-5,000万円=2億5,000万円

この2億5,000万円は決算書に表れていません。ただし、3億円は現在の市場で土地を売却する場合の参考値であり、そのまま株式価値を示す数字ではありません。

会社は土地を直ちに売却する予定ではなく、土地を手放せば本社と倉庫の移転も必要になります。売却費用、税負担及び事業への影響も別に検討しなければなりません。

帳簿純資産と税引前の時価純資産を比較した

土地だけを帳簿価額5,000万円から参考時価3億円へ置き換えると、会社の純資産は次のように変わります。

項目帳簿純資産税引前時価純資産
土地5,000万円3億円
その他の資産1億円1億円
負債△5,000万円△5,000万円
純資産1億円3億5,000万円

帳簿純資産1億円と税引前時価純資産3億5,000万円との差額は、土地の含み益と同じ2億5,000万円です。

この比較から、帳簿純資産1億円では現在の会社財産を十分に表せないことが分かります。

ただし、税引前時価純資産3億5,000万円も最終的な売買価格ではありません。土地を直ちに換金できることを前提とし、含み益に対応する税負担を考慮していないためです。

含み益に対応する税負担をどう扱うか検討した

土地の含み益2億5,000万円が実現すれば、会社に課税所得が生じる可能性があります。

もっとも、株式売買の時点でX社が土地を売却するわけではありません。将来の税負担を考慮する必要はありますが、まだ確定していない税額を確定債務と同じように扱うこともできません。

ここでは、二種類の割合を明確に分けました。

区分割合使用目的
法人税額等相当額38%相続・贈与における純資産価額の通達計算
実現税負担30%本ケースの経済価値を検討するために置いた説明上の仮定

38%は、財産評価基本通達に基づく相続・贈与評価上の割合です。実際に土地を売却した場合の税率ではありません。

30%は、会社の実効税率などを踏まえて本ケースの経済価値を説明するために仮定した割合です。他の会社へそのまま当てはめることはできません。

経済価値の検討では、含み益2億5,000万円に30%を乗じ、実現税負担を7,500万円と仮定しました。

2億5,000万円×30%=7,500万円

税引前時価純資産3億5,000万円から7,500万円を差し引くと、税負担調整後の時価純資産は2億7,500万円となります。

税務評価額は売買価格ではなく比較資料とした

実際の売買価格を検討するための比較資料として、相続・贈与における取引相場のない株式の評価額も確認しました。

X社は、財産評価基本通達上の大会社に該当し、通達評価による総資産のうち土地が約70.6%を占めるため、土地保有特定会社として純資産価額方式で評価する設定です。

相続・贈与評価で用いる土地の価額を2億4,000万円とすると、計算は次のようになります。

計算項目金額
土地の相続・贈与評価額2億4,000万円
その他の資産1億円
負債△5,000万円
評価上の資産純額2億9,000万円
土地の評価差額1億9,000万円
法人税額等相当額(1億9,000万円×38%)△7,220万円
純資産価額2億1,780万円

全1,000株で割ると、1株当たり21万7,800円です。

この税務評価額は、当初予定していた1株10万円を大きく上回りました。

しかし、2億1,780万円は相続・贈与における通達評価のルールで計算した金額です。AとBの売買価格を必ずこの金額にしなければならないわけではありません。

また、この金額以上で売買すれば常に税務上問題がないという「安全価格」でもありません。

税務評価額は、経済価値や実際の合意価格とは役割の異なる比較資料として扱いました。

土地以外の資産・負債と収益力を確認した

会社の価値は、土地の含み益だけでは決まりません。

その他の資産1億円について、現預金、売掛金、棚卸資産及び設備の内容を確認しました。回収が難しい債権や、帳簿価額より価値が低下している資産がないかも検討しました。

負債5,000万円については、借入金、未払金及び引当金の内容を確認し、簿外債務や将来負担がないかを調べました。

土地についても、次の事情を確認しました。

  • 本社兼倉庫として事業に必要である
  • 直ちに売却する予定はない
  • 将来の修繕や設備更新が必要になる
  • 売却する場合には移転費用と事業への影響が生じる
  • 含み益を実現すれば税負担が生じる

さらに、直近数年間の利益、事業計画、主要取引先、設備投資及びAの退任後も維持できる収益力を確認しました。

収益力に基づく価値は総額2億6,500万円、1株当たり26万5,000円となりました。

税負担調整後の時価純資産2億7,500万円と、収益力に基づく価値2億6,500万円は、いずれも2億7,000万円前後となりました。

資産面と収益面の双方を確認したことで、帳簿純資産1億円では会社価値を説明できないことが、より明確になりました。

売主・買主と取引条件を確認した

売主Aは全1,000株を保有する創業者であり、本件譲渡をもって経営から退きます。

買主Bは、A及びAの親族と親族関係その他の特殊関係がない後継経営者です。Bは全株式を取得し、X社の100%株主となります。

したがって、今回の取引は少数株式の取得ではなく、経営権を伴う全株式の取得です。

Bは、自己資金と金融機関からの借入れにより、売買代金を用意しました。

資金調達の内訳ではなく、取得する全株式の価値、経営権の移転及びAとBの交渉を基礎として価格を検討しました。

Aについては株式の取得価額と売却価格を確認し、株式譲渡に伴う課税関係を検討します。Bについても、取得価格、取得後の持株割合及び取引条件を確認します。

独立した当事者間の取引であっても、合意したという事実だけで価格の検討が不要になるわけではありません。双方がどの資料と計算に基づいて価格を決めたのかを残すこととしました。

五つの価格を比較して2億7,000万円で合意した

検討した五つの価格を並べると、次のようになります。

比較する価格総額1株当たり取扱い
帳簿純資産1億円10万円含み益が反映されないため不採用
相続・贈与の税務評価額2億1,780万円21万7,800円比較資料。売買価格として自動採用しない
税引前時価純資産3億5,000万円35万円税負担等が未反映のため、そのまま採用しない
税負担調整後の時価純資産2億7,500万円27万5,000円資産面の中心的な比較額
収益力に基づく価値2億6,500万円26万5,000円収益面の中心的な比較額

最終価格は、これらを単純平均して決めたものではありません。

土地を当面継続して使用すること、土地を直ちに換金できないこと、将来の修繕負担、X社の収益力、Bが100%の株式と経営権を取得することを検討しました。

その結果、X社株式の経済価値を総額2億7,000万円、1株当たり27万円と判断しました。

AとBは、この検討結果を基礎として交渉し、全1,000株を総額2億7,000万円で売買することに合意しました。

2億7,000万円は、税負担調整後の時価純資産2億7,500万円と、収益力に基づく価値2億6,500万円の間にあります。

ただし、二つの金額の中間だから採用したのではありません。資産、収益力、経営権及び取引条件を総合して説明できる価格として採用しました。

価格だけでなく判断過程と根拠資料を残した

残した資料は、次の三つに分けて整理しました。

不動産に関する資料

  • 固定資産台帳
  • 不動産の登記事項証明書及び取得時の契約書
  • 固定資産税評価証明書及び路線価資料
  • 不動産会社の査定資料
  • 利用状況、修繕、移転費用等の検討資料

会社価値に関する資料

  • 直近の決算書及び法人税申告書
  • 借入金その他の負債に関する資料
  • 税務評価額の計算資料
  • 税負担調整後の時価純資産の計算資料
  • 収益力に基づく価値の計算資料

取引と価格決定に関する資料

  • 取引前後の株主構成
  • AとBの関係を確認した資料
  • 比較した価格と採否理由
  • 当事者間の価格交渉記録
  • 価格決定メモ
  • 株式譲渡契約書及び社内の承認資料

最終価格2億7,000万円だけを残すのではなく、1億円、2億1,780万円及び3億5,000万円を採用しなかった理由も記録しました。

まとめ―含み益を見落とさず、全額を機械的にも加算しない

含み益のある不動産を持つ会社の株価を検討するときは、次の三点が重要です。

  • 帳簿純資産だけで決めず、土地の現在価値を確認する
  • 含み益を機械的に全額加算せず、税負担、利用状況及び収益力を確認する
  • 相続・贈与の税務評価額を、実際の売買価格や安全価格として自動採用しない

今回のケースでは、土地の簿価5,000万円と参考時価3億円の差を出発点として、税負担調整後の時価純資産2億7,500万円と収益力に基づく価値2億6,500万円を中心に検討しました。

そのうえで、全株式と経営権の移転を含む取引条件を確認し、総額2億7,000万円で合意しました。

重要なのは、帳簿価額、税務評価額、経済価値及び合意価格を区別し、なぜ今回の取引でその価格を採用したのかを説明できるようにすることです。

※本記事の会社、人物、金額、持株関係その他の条件は、説明用に設定した架空のものです。個別の株式売買で必要となる評価方法、税務上の時価及び課税関係は、売主・買主の属性、会社規模、株主構成、持株割合、資産内容、取引目的その他の事情によって異なります。

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