CASE 14
兄が会社を継ぎ、妹の株式を買い取る
相続時の株価で売買してよい?
相続税の申告で使った株価を、後日の兄妹間売買にそのまま使えるとは限りません。
相続税評価額は、相続が発生した時点の株価です。相続後に売買する場合は、売買時点の株価を改めて検討する必要があります。
さらに、売主である妹には譲渡所得、買主である兄には低額取得による贈与税が生じる可能性があります。
相続時の評価額、売買時点の時価、所得税上の取得費は、それぞれ別の金額として確認する必要があります。
相談事例
父は、非上場会社の全株式1万株を保有していました。
父の死亡後、兄と妹が5,000株ずつ相続しました。相続税申告で使用した株価は1株1,000円です。
兄は代表取締役として会社を継ぎ、妹は経営に関与していません。相続から2年後、兄が妹の5,000株を買い取り、全株式を保有することになりました。
兄妹は相続時と同じ1株1,000円で売買しようとしています。
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| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発行済株式数 | 10,000株 |
| 兄と妹の相続株式数 | 各5,000株 |
| 相続時の評価額 | 1株1,000円 |
| 予定している売買価格 | 1株1,000円 |
| 売買時点の税務上の時価 | 仮に1株1,600円 |
| 父の取得価額 | 1株100円 |
| 売買後の兄の持株割合 | 100% |
この事例では、相続時の評価額、売買時点の時価、所得税上の取得費を区別する必要があります。
なお、本記事の会社、人物、金額、持株関係その他の条件は、すべて説明用に設定した架空のものです。
その支払いは代償分割か、相続後の売買か
最初に確認するのは、妹が受け取るお金の性質です。
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| 方法 | 内容 | 主な確認事項 |
|---|---|---|
| 代償分割 | 遺産分割で兄が全株式を取得し、妹へ代償金を支払う | 遺産分割の内容、代償金の根拠 |
| 相続後の売買 | 兄妹が株式を相続した後、妹が兄へ売却する | 譲渡所得、贈与税、売買時点の株価 |
兄が株式を取得し、妹がお金を受け取るという結果は同じでも、法律上の構成と課税関係は異なります。
今回の事例は、兄妹がすでに5,000株ずつ相続した後の売買として検討します。
相続時の1株1,000円をそのまま使えるとは限らない
相続税申告で使用した1株1,000円は、父が死亡した時点の評価額です。
2年後に売買するなら、その時点の決算内容、資産・負債、利益、配当、株主構成などを基に株価を確認します。
相続後に利益や純資産が増えていれば、売買時点の評価額が相続時より高くなることがあります。反対に、業績悪化などにより低くなることもあります。
したがって、相続時の評価額が適正に計算されていても、それだけで後日の売買価格が適正になるわけではありません。
税務上の時価の考え方は「非上場株式の時価とは」でも解説しています。
妹の取得費は、相続税評価額ではない
妹が兄へ株式を売却すると、原則として妹に株式の譲渡所得が生じます。
売却代金-取得費-譲渡費用=譲渡所得
相続した株式については、原則として、父の取得価額と取得時期を引き継ぎます。
今回、妹が5,000株を1株1,000円で売却すると、売却代金は500万円です。父の取得価額が1株100円なら、妹が引き継ぐ取得費は50万円になります。
譲渡費用を考慮しない場合は、次の計算です。
500万円-50万円=譲渡所得450万円
相続税申告では妹の株式を500万円と評価していても、所得税上の取得費が500万円になるわけではありません。これは実務上、見落としやすい点です。
相続から3年10か月以内なら取得費加算も確認する
相続税を負担した人が、相続した株式を一定期間内に売却した場合、相続税額の一部を取得費に加算できることがあります。
対象となる期間は、相続開始日の翌日から、相続税申告期限の翌日以後3年を経過する日までです。一般には、相続開始から3年10か月以内と説明されます。
今回の売却は相続から2年後であるため、妹に相続税が課されているなどの要件を満たせば、この特例を適用できる可能性があります。
期限を過ぎてから売却しても適用できないため、株価だけでなく売却時期も確認します。
1株1,000円で売ると兄に贈与税がかかる可能性がある
個人から個人へ財産を著しく低い価格で譲渡すると、時価と支払額との差額が買主への贈与とみなされることがあります。
今回、売買時点の税務上の時価が1株1,600円だったとすると、予定価格との差額は次のとおりです。
(1株1,600円-1株1,000円)×5,000株=300万円
1株1,000円での売買が著しく低い価額と判断されれば、この300万円について兄に贈与税が生じる可能性があります。
兄が実際に500万円を払い、契約書を作成していても、それだけでは低額譲渡の問題を解消できません。
また、個人間売買には「時価の2分の1以上なら安全」という一律の基準はありません。2分の1以上であっても、価格差とその理由を個別に検討する必要があります。
売主と買主による税金の違いは「非上場株式は、誰から誰へ売るかで税金が変わる」で整理しています。
妹が経営に関与しないから配当還元方式、とは限らない
妹が会社で働いていないことだけを理由に、株式を配当還元方式で安く評価できるとは限りません。
非上場株式の評価方法を判定するときは、本人の持株割合だけでなく、同族関係者を含む議決権割合や株主区分を確認します。
兄妹は親族であり、同じ株主グループとして判定される可能性があります。そのため、「妹は経営に関与しない少数株主」という説明だけで評価方法を決めることはできません。
さらに、兄は妹の株式を取得すると、持株割合が50%から100%になります。売主側の事情だけでなく、誰が取得し、売買後の支配関係がどう変わるかまで確認する必要があります。
兄が100%株主になる意味も価格に関係する
妹の5,000株を取得すれば、兄は会社の全株式を保有します。
株主間の調整が不要になり、経営上の意思決定、将来の事業承継、第三者への会社売却などを進めやすくなります。
したがって、この取引は単に5,000株を移すだけではありません。兄に経営支配権を集中させる取引でもあります。
売買価格を決めるときは、税務上の評価額に加えて、会社の収益力、純資産、将来性、支配権の変化なども整理します。
ただし、税務上の評価額と、当事者間で検討する経済的な価値は、必ず同じになるわけではありません。
複数の評価額が出た場合は、それぞれの目的を区別し、最終的な価格を決めた理由を資料に残します。
価格決定の考え方は「非上場株式の取引価格はどう決めるか」も参考になります。
売買前の確認事項
- 代償分割ではなく相続後の売買でよいか
- 相続時と売買時の株価はそれぞれいくらか
- 父の取得価額を確認できるか
- 妹の譲渡所得はいくらになるか
- 取得費加算の特例を利用できるか
- 兄に低額取得による贈与税が生じないか
- 兄妹の株主区分と適用する評価方法は適切か
- 兄が100%株主になることを価格にどう反映するか
- 兄に代金を支払う資力があるか
- 分割払いの場合の条件が明確か
- 定款上の株式譲渡承認を行っているか
- 売買後に株主名簿を書き換えているか
遺産分割協議書、相続税申告書、過去の株価算定資料、父の取得価額資料、直近の決算書、株式譲渡契約書、議事録、送金記録も保存しておきます。
このケースから分かること
会社を継いだ兄が妹の相続した株式を買い取る場合、相続時の評価額だけで売買価格を決めることはできません。
- 代償分割か、相続後の売買かを区別する
- 売買時点の株価を確認する
- 妹の譲渡所得と兄の贈与税を確認する
- 取得後の支配関係と価格決定理由を記録する
特に、相続税評価額が妹の取得費になるわけではないことと、妹が経営に関与していなくても配当還元方式を使えるとは限らないことには注意が必要です。
相続時の評価額を流用せず、取引の構成、売買時点の株価、売主と買主双方の税金を一体として検討することが重要です。
当事務所では、相続した非上場株式の評価だけでなく、兄弟姉妹間の売買価格、売主・買主双方の課税関係、価格決定資料の作成まで一体として対応しています。